SFに歴史ハードボイルド

破滅の王


破滅の王

上田 早夕里 著

image
上田 早夕里 著

重く響く名作 

京都帝国大学医学部卒業後、上海自然科学研究所への勤務を進められ、上海へと渡った宮本敏明。

上海にて最近学科の研究院として働く宮本であったが、ある日、仲の良い同僚が突然として行方不明になってしまう。

それ以前にも同所の研究員が行方不明になり、殺害されるという事件が起こっていた。

月日が流れ、1943年、宮本は日本総領事館より呼び出しを受ける。

防疫活動に関する意見の提供が理由だが、事実上の出頭命令である。

宮本を待ち受けていたのは総領事代理の菱科という男と、日本大使館附陸軍武官補佐官であった。

そこで重要機密文書である科学論文の考察と判断を任される。

それは宮本も知らない細菌について書かれたもので、文章の一部は欠損していた。

その論文は恐ろしい細菌についてのものだった。

バクテリアを食らうバクテリアでR2Vと名付けられ、キングという暗号目で呼ばれるそれは、治療法もない細菌兵器だったのだ。

このR2Vは一人の科学者の絶望より誕生したものだった。

論文は分割されており、それぞれ英・仏・独・米・日の大使館に送られていた。

それが持つ意味...つまり戦時下において各国が手を取り合わなければ、人類は破滅するという事だった。

宮本は灰塚の下で、キングの治療法を見つけるため研究を開始する。

しかしそれは究極の兵器を自らの手で完成させる意味を持つ。

激しいジレンマの中、宮本が選んだ答えとは...

この作品は医学と戦争という舞台の中で繰り広げられる物語だ。

一言、素晴らしい作品である。

第2次世界大戦禍の中での、当時の情景が目に浮かぶようであり、戦争犯罪、非人道的な行為が平然と行われていた時代の、暗の部分も隠すことなく描かれている。

歴史に詳しくなくても歴史小説として一気に読んでしまうのも、作者のしっかりとした時代背景の描写によるものであり、その手腕はすごいとしか言いようがない。

科学者として理想、政治による圧迫、そして戦争と、テーマは思いだろう。

だが、だからこそ読む価値のある作品だと思う。