音乃木坂図書室 司書
ー 国立音ノ木坂学院体育館ー
春の日差しが心地よい中、今日は入学式が行われていた。
” 続きまして生徒会長挨拶” そのアナウンスと同時に、体育館は大きな歓声に包み込まれた。
まるでアイドルのライブ会場かの如く、黄色い声援が 飛び交っているが、これはあくまで高校の入学式である。
体育館内は、”キャー” という 喜びの声、” ミューズー” というアイドルを応援するような声。
” 穂乃果さーん”という個人の名を呼ぶ声まで上がっている。
明らかに μ'sへの、そしてμ'sのセンターポジションで活躍していた穂乃果に対しての大歓声だ。
だがそれも当然とも言えるだろう。
μ'sにより、音乃木坂は廃校の危機を免れ、μ'sに憧れて入学してきた生徒も多いのだ。
スクールアイドルとして日本中で有名になったμ's。
同世代ならば知らない人はいない位の人気なのである。
スクールアイドル出身で、今春よりプロのアイドルになったA-RISEにも、負けず劣らずの人気を誇っていたのだ。
そんなμ'sの代表的な存在が、高坂穂乃果であった。
音乃木坂の3年生で生徒会長を務める彼女が、μ'sと言うスクールアイドルを作った張本人である。
作詞作曲はおろか、ダンスの振り付けや衣装作りもできない穂乃果であるが、持ち前の明るさと目標に向かって突き進む姿は、間違いなくミューズの中心としてみんなを引っ張っていた。
そして全生徒会長絢瀬絵里の推薦により、生徒会長となった穂乃果は、今音乃木坂の伝統ある入学式に挨拶のため 壇上に立ったのである。
「えー、あー…マイクチェック。ワン、ツー、あー」 と言ってマイクテストをする穂乃果であったが、手元を滑らせてマイクを落としてしまい、体育館中に”ガコン”と言う大きな音とハウリ音が響き渡る。
耳をつんざくような音に体育館は静まり返る。
「何やってんですか、穂乃果はもう...」
ステージ裏で挨拶を見守る海未がつぶやく。
園田海未、音乃木坂学院3年生で生徒会副会長を務める。
生徒会長の穂乃果があんな性格のため、実質的には海未が生徒会長を取り仕切っているといっても過言ではない。
3人でスタートしたμ'sの初期メンバーであり、穂乃果とことりとは幼少の頃からの幼なじみである。
μ's一の真面目な性格であり、いつも何かにつけて穂乃果を怒っていることが多い。
μ'sでは主に振り付けと作詞、練習の取り仕切りを担当していた。
同じく海未の隣では心配そうに見守ることりの姿があった。
「穂乃果ちゃん大丈夫かなぁ」
南ことり、音乃木坂学院の3年生で生徒会の初期を務めるいつも穂乃果起こる海未の薬を担当している。
海未と同じくμ's初期メンバーであり、おっとりとした性格にふわふわとした口調で、μ'sの中でもコアなファンが多く、一部からは天使のことりと呼ばれている。
かわいいものが大好きだが、一方で可愛くないものは容赦なく処分すると言う一面を持ち合わせている。
μ'sのすべての衣装のデザインから制作を手がけており、そのセンスの良さは秀逸である。
またことりの母は音乃木坂の理事長であり、いつも隠れてミューズを応援してくれていた。
そんな2人が見守る中、穂乃果は慌てて落としたマイクを拾い再び話を始める。
「失礼しました。 改めて皆さんこんにちは。
音乃木坂学院生徒会長の高さが穂乃果と申します。
新入生のみなさん、この度は、ご入学誠におめでとうございます。」
体育館は再び大きな歓声に包まれる。
μ'sのそして穂乃果の人気はそれだけすごかった。
さすがの穂乃果でさえも、自分に対する歓声に、少々戸惑いの表情を浮かべている。
比較的ハートの強い穂乃果は、ライブでも緊張しないし、人前に出るのは得意なのだが、入学式での自分へのまさかの反応にたじろいでいた。
(ヤバっ、どうしようこの歓声、っていうか祝辞が...)
心の中で呟く穂乃果。
どうやら考えていた祝辞が頭の中から飛んでしまったらしい。
しばし壇上で、マイクを前に正面を見つめてフリーズする穂乃果。
口からは”あー”とか”えー”と言う言葉にならない声が漏れていた。
ステージ裏で見守る海未とことりも不安そうな顔だ。
「まずいですね。穂乃果が完全にフリーズしています。」
「穂乃果ちゃん」
体育館は依然としてざわついている。
すると活動停止していた穂乃果は、1つ大きな深呼吸をして再起動するや、マイクを手に取り再び喋りだした。
「皆さんこんにちは! 高坂穂乃果です。 μ'sのリーダーをやっていました。
ちょっとだけ自慢なんだけど、μ'sのセンターで歌っていました。
これはすごい自慢なんだけど、μ's、ラブライブで優勝しました!
ひとえに皆さんの応援のおかげですありがとうございました!
あ、ついでに片手間で音乃木坂の生徒会長もやってます。」
ここで体育館はどっと笑いに包まれる。
どうやら穂乃果も吹っ切れたようだ。
相変わらず、穂乃果は人の心を掴むのがうまい。
だがこの発言に怒りを覚えるものがステージ裏に1人いた。
「ついでにとか、片手間とかなんですか! あなたのおかげで私とことりが、どれだけ苦労しているかも知らずに、後で説教ですね。」
海未だった。
確かにいつも穂乃果に振り回されており、その気苦労はかなりのものだろう。
そこにことりがなだめるように話しかける。
「まあ、まあ海未ちゃん、落ち着いて。 いつものことだよ。それよりほら、穂乃果ちゃんが続きを話そうとしているよ。」
その後の穂乃果はと言うとμ'sの事ばかりを話していた。
結成秘話(といってもこれは廃校を救うためと言うことで多くの人が認識している)からメンバーしか知らないような話まで… もちろんμ'sの話で体育館は大盛況である。
「...ということでμ'sとしての活動は終わりましたが、μ'sがなくなったわけではありません。
我がμ'sは永久に不滅です!」
どこかで聞いたことのある名台詞のように、締めくくる穂乃果。
祝辞ではなく終始μ'sの話をしただけである 。
考えていた祝辞はもう頭にはない。
だがそれでも生徒会長としての職務を全うすべく、挨拶を続けた穂乃果であった。
いやどちらかと言うと、生徒会長としてと言うよりも、もはやμ'sの、スクールアイドルとしての演説と言ったほうが正しいかもしれない。
「やっぱり私は歌うことが大好きです。
歌って踊って、みんなが笑顔になってくれるスクールアイドルが大好きです。 μ'sはもう終わったけど…私はスクールアイドルを続けます。
だからこれからも高坂穂乃果を皆さん応援よろしくお願いします!」
これは祝辞でも生徒会長の挨拶でもない。
高坂穂乃果がみんなの前で、スクールアイドルを続けると宣言しただけである。
だが不思議と体育館内は拍手がわき起こり、 ”頑張って”、”応援してるよ。” と言う声とともに、みんなが笑顔になっていた。
もちろんステージ裏にいる海未とことりも笑顔である。
これが穂乃果の魅力の1つであろう。
突拍子もないことを言ったりすることも多々あるが、目標に向かって全力でやり遂げようとする姿は、自然と多くの人を惹きつけるのである。
時と場合によっては煩わしく感じてしまう人もいるかもしれない。
だがこの1年穂乃果は結果を出してきた。
行動によって示してきた。
常に全力で、ときには心が折れかけた時もあった。
でも、それでも努力して、あきらめないで仲間と共に歩んできて今がある。
いつしかμ'sのメンバーのみならず、周囲も穂乃果から目が離せなくなっていたのだ。
本当に不思議な子である。
だがそれが高坂穂乃果と言う少女なのである。
続く