音乃木坂図書室 司書
にこにとって柚梨愛の言葉はとても心強く、ありがたいものだった。
音乃木坂時代にこはあまり人付き合いがうまくなかった。 仲良くなってしまえば、それこそアμ'sのメンバーとの関係を築くみたいに親しくなれるのだが、そこに至るまでの道のりは険しかった。
どうしても負けず嫌いの性格とプライドの高さが邪魔をしてしまい、素直になれないにこは、大抵の人と一定の距離を置くようになっていた。
でも柚梨愛は違った。
1年生の時に同じクラスになるや、にこのことをかわいいと言って、まるで小動物に愛情を示すかのように絡んできたのである。
最初はしつこくて鬱陶しいと思っていたし、身長差があるため、まるで某漫画の女形の巨人に襲われているような感覚もあり、少し怖かった。
だが、いつしかアイドルが好きと言う話題で盛り上がり、気づいた頃には意気投合しており仲良くなっていた。
その後アイドル研究部で1人になってしまった時も応援してくれていた。
3年生になり、穂乃果たちがスクールアイドルを作って、μ'sを結成し1人悩んでいた時も、相談に乗ってくれたのは柚梨愛だった。
柚梨愛の存在とその言葉に、にこは感極まって涙が溢れそうになるが、なんとか耐え、いつものにこ節で答えた。
「ほんとにありがと…そうね、その時は柚梨愛を宇宙№1アイドル矢澤にこの宇宙№1ファンにしてあげるわね!」
にこは柚梨愛を見つめて笑う。
新しい道へと進んだ2人にとってお互いの存在は大きかった。
自分のことを理解してくれる人が近くにいると言うのは何においてもありがたく、心強いものなのだ。
「うん、あっ、そろそろ行かないとバイト遅れちゃう」
「こんな日ぐらいバイト入れなきゃいいのに。オッケー、じゃあまた明日ね。これからもよろしくね」
こうしてにこの新しい日々はスタートした。 それからしばらくして、にこはアキバへと戻ってきていた。
この日のアキバは休日と言うこともあり、大通りは歩行者天国として解放され、多くの人で賑わっている。
近年のアキバは休日ともなると、渋谷や新宿と同じ位の多くの人が訪れ、歩くとも大変な位の混み様なのだ。
地元アキバに戻るなり、サングラスと帽子を取り出すにこ。
この2つはにこにとってのマストアイテムで、装備した瞬間に、にこのアイドルとしての本能が溢れ出るのである。
自分は今でもスーパーアイドルの矢澤にこなのだ。
にこにとって、常日頃から変装は欠かせないのであった。
「スーパーアイドル矢澤にこ、アキバに凱旋よ。今日も街は私のファンでいっぱいね、フフフーン。さてと、今日は久しぶりにアイドルショップで私のグッズの現地調査と行こうかしら。地道なフィールドワークこそがアイドルには重要なのよ!」
たかが数駅先の市ヶ谷から戻っただけで、随分と大げさな表現だし、もはや何を言っているのか意味がよくわからないが、上機嫌に1人ごちるにこ。
アキバ電気街では今でもμ'sの特大看板が出ており、いたるところにμ'sとして自分が出ている。
新しい気持ちと同時に少し複雑な気持ちになるにこであったが、それでもにこは地元のアキバが大好きであった。
アイドルショップはもちろんのこと、メイドカフェといった萌え要素であったり、アニメ、ゲームといったものから様々なものが揃う店舗があり、駅のすぐ近くにあるUTX高校の大型スクリーンでは毎日のようにA-RISEやスクールアイドルの映像が流れていて、いるだけでワクワクするこの街が大好きなのだ。
だがこの1年の間で大きく変わったことが1つある。
今までは憧れのアイドルを見る側であったのが、今は見られる側の立場になっていた。
アキバであればμ'sを見ない日などない。
今でもμ'sのライブ映像が毎日流れ、街には広告が溢れている。
A-RISEとμ'sはアキバの産んだスクールアイドルとして多くの人に知れ渡っているのだ。
自身をスーパーアイドルと公言するにこであるが、それもあながち間違いではないのである。
アキバに戻ってにこが最初に向かったのは電気街口を出てすぐの場所にあるレディオ会館であった。
ここは8階建てのビルで、各フロアに様々な店舗が入っている。
それこそ名前の通りマニアックなパーツを取り扱う店から、アイドル、アニメ、ゲーム、漫画のグッズや商品を取り扱う店も多数あり好きな人には最高の場所であろう。
にこはアイドル以外のアニメや漫画の店も好きであり、よく通っているのだ。
レディオ会館ではしゃいだ後、大通りから裏通りに抜ける細い脇道沿いに並ぶガチャガチャへと来ていた。
その数は50近くもあり、これまたアニメのキャラものから、なんだかよくわからないものまで多く揃っており、ここもまた多くの人で賑わっている。
にこは1番下段のガチャの前で膝を抱えるように座り込み、一心不乱に現金を投入しガチャを回している。
どうやら欲しいものがあるらしく、ひたすら同じガチャを回しては、ため息や舌打ちをしている。
しまいにはガチャの本体を揺らしたり、叩いたりして文句を言い出す始末である。
しばらくして諦めたのだろう。
にこは立ち上がり、本来の目的のアイドルショップへと向かった。
アキバにあるアイドルショップは日本最大級の店舗であり、5階建てビルが丸々一棟アイドルショップなのである。
ここの店舗の凄いところは、やはり取り扱っている商品の多さであろう。
プロのアイドルは当然のこと、海外のアイドルや地下アイドル、そしてスクールアイドルのグッズも多数あり、アイドルショップの聖地といっても過言は無い。
到着するや、にこは2階にあるスクールアイドルコーナーへと足を運ぶ。
そこには日本中の人気スクールアイドルのグッズがあり、中にはもうプロになっているがA-RISEのグッズまで置いてある。
もちろんμ'sのグッズも、他のどのアイドルショップよりも多い。 「
今でも私のグッズがこんなにあるのね、ウフフフ…」
自分のグッズを見つけてはうれしそうにはしゃぐにこ。
やはりA-RISEとμ'sは地元であり、かつ大人気なだけあり、そのグッズの量も飛び抜けて多かった。
「すごいわね、なんでこんなものまで売っているの?最高じゃないの!」
にこはブツブツとつぶやきながら、μ'sグッズの売り場の商品全てを、1番上、1番手前に自分のグッズにしていた。
μ'sコーナーであるはずが、そこは矢澤にこコーナーへと化していた。
楽しそうに自分のグッズに入れ替えるにこだったが、自分の写りの悪い写真を発見し、露骨に不機嫌そうな顔して、すぐさま店員を捕まえて文句を言う。
「ちょっと店員さん!こんな映りの悪い写真おかないでくれる?私のイメージが下がるじゃないの!」
もうサングラスと帽子をかぶって変装している意味はなかった。
自ら正体をばらして、自分がμ'sの矢澤にこだと宣言しているようなものである。
獰猛な動物かのごとく、店員に食って掛かるにこ。
だがあくまでにこは小動物である。
ちいさくてかわいいにこは、怒ったとしてもそこまで迫力は無いのだった。
「こんなの置くなら肖像権の侵害で訴えるわよ!」
大声でわめき散らすにこに対し、店員の男性はたじろいでいる。
すいませんと謝る男性であるが、決して彼のせいではない。
そんなにこに対し、後ろから声をかける少女がいた。
続く