音乃木坂図書室 司書
「絵里ちゃん!にこちゃん、真姫ちゃん!」穂乃果は声を上げ、手を振る。
穂乃果の大声に気づいた3人は、その表情はうかがい知ることができないが、驚いたような仕草を見せている。
そして3人は穂乃果たちの元へと合流した。
「みんなどうしたの…?こんなところで会うなんて偶然よね。てゆうか花陽、その格好は何よ。誰だかわからないわよ」
そう言ったのは絵里である。
花陽からすると、絵里こそ誰だかわからないと言いたいところであったが、その声は心に留めていた。
「うん、偶然だね。逆方向から絵里ちゃんたちが歩いてきたから、びっくりしちゃった」と言う花陽だが、その横から穂乃果が花陽の気持ちを代弁するかのように言い放つ。
「そうそう、何か変な格好をしている人たちが歩いてくるなぁって思ったら、よく見たら絵里ちゃんとにこちゃんと真姫ちゃんでびっくりしたよ。真姫ちゃんにはすぐ気づいたけど、絵里ちゃんとにこちゃんはどうしたの?なんだか2人はそっくりだね」
その言葉を聞いた真姫は、触れてはいけないことを尋ねた穂乃果を鋭くにらみつけたが、手遅れであった。
「そっくりって何よ、私とにこが似てるって言いたいわけ?」
絵里が穂乃果に言い寄る。
以前から絵里のにこ化はμ‘sメンバーの中でささやかれていたが、近頃はネタとしてみんなにいじられており、それが絵里には嫌だったのだ。
真姫も矢澤絵里と呼んで、前にイジったことがあったが、本気で絵里にキレられたので、以後は心で思うだけで口に出してはいなかった。
挙措を失うように後退りする穂乃果に詰め寄る絵里だったが、そこへにこが割って入る。
「そうなのよ、最近絵里が私の真似して困っちゃうのよね。まぁ超人気アイドルの私だし、ファッションリーダー的に憧れられる存在なのはわかるけど、まさか身内からとはねぇ」
日に油を注ぐにこだった。
そのにこに絵里が詰め寄る。
「そんなわけないでしょうか。どうして私がにこの真似なんかしなくちゃいけないのよ!」
にこはヒールを履いているが、それでも絵里との身長差が15センチはある。
絵里を見上げる形でにこが言い返す。
「なにいってんのよ。どう見たってあなた私の格好にそっくりじゃないの!」
黒白を争うかのような絵里とにこ。
他の4人は正直どうでも良いと言う思いで2人を眺めていた。
というか、実際絵里がにこの影響を受けているのは明らかなのだが、単にそれを認めたくないだけなのだ。
そこでことりが仲裁に入る。
「はい、2人ともそこまでだよ。似たり寄ったりだし、兄たり難く弟たり難しだよ。絵里ちゃんもにこちゃんも、どちらも個性的で魅力的だから、言い争いはしないの。その格好はありえないけど、2人とも素敵だからね。ねっ、わかった?」
ことりの最高の天使スマイルでそう言われたら、もう何も言い返すことができない2人だった。
軽くディスられているとはつゆ知らず素直におとなしくなる2人。
それを見ていた真姫は、μ‘sで1番強い発言力を持っているのは、実はことりなのではないかと思っていた。
そこへ花陽がたずねる。
「にこちゃん達は何してたの? BiBiの打ち合わせ?」
「そうよ、鋭いじゃない花陽。ていうか、そういうあんたたちこそPrintempsの打ち合わせでしょ?人気者は大変よね」
「違うよ、私たちはブッフェ行って、カフェ行った帰りだよ」
にこの言葉に答えたのがことりだった。
「やっぱりねぇ……?打ち合わせじゃないの?それってただの飲食店のはしごじゃないのよ…」
「そうだよ!いつもはランチブッフェ3500円のお店が、今日はレディースデーで980円だったんだよ!めっちゃ豪華ですごいおいしかったの!」と言うのは花陽だ。
それに蛇足とばかりにことりが言う。
「それで穂乃果ちゃんと花陽ちゃんが、食べ過ぎて動けなくなっちゃったからそのあとカフェで休憩してたの」
「美味しい物たくさん食べれて幸せだったなぁ。また行こうね!」
穂乃果が言った。やや呆れた顔でにこが言う。
「あんたたちは遊んでただけなのね…いや食べてただけかな…」
「あなたたちね、明日は本番なのに…また太っても知らないわよ」
真姫もあきれ気味に言った。そして絵里も。
「海未がいたら、きっと大変だったろうねぇ…」
確かにである。
今日はライブ前日。
本番に向け、しっかりとコンディションを整える目的で、オフにしたのに暴飲暴食をしていたら元も子もないだろう。
だがそれも仕方ない。
なんといっても穂乃果と花陽なのである。
今日がオフと言うのは猛獣に餌を与えたようなものである。
「ねぇねぇ、せっかくだから6人でお参りをして行こうよ。明日のライブが成功しますように言って。あっ、もしかして上に海未ちゃんたちもいたりしてね」
穂乃果がそう言うと、みんながうなずき、6人で男坂を登る。
ここは今でも朝練で使用させてもらっている場所で、μ‘sにとっては思い出で深い場所の1つである。
そんなことを考えながら階段を登り切り、神田明神の境内へと入ると、そこには目を疑いたくなるような光景があったのだ。
あまりの驚きに皆が一瞬言葉を失う。
6人の目の前にはお参りをしている海未、凛と、希の3人の姿があったのだから…
奇跡的にμ‘sの9人が全員集合したのである。
「海未ちゃん!凛ちゃん!希ちゃん!」
穂乃果の声に気づいて、振り向いた3人も驚いた顔をしている。
それもそうだ。
穂乃果の声に振り返ったら、そこにはμ‘sの皆が揃っているのだから。
「…どうしてみんなここにいるのですか…?」
驚いて皆に尋ねる海未たちに、穂乃果がここまでの経緯を説明する。
「それは奇跡ですね…」
「うん、すごいやんか。本当に奇跡やね!」
「奇跡にゃー、奇跡にゃー!」
海未、希、凛がそれぞれ言った。
そこに付け加えるようににこが言う。
「つまり私たちμ‘sの9人はどこにいても離れられないってことね!」
「私はそろそろにこちゃんから離れたいけどね」
真姫の言葉に、にこ以外は声を出して笑う。
しかしだ、これは本当に奇跡と言っても良いだろう。
それぞれがアキバの街にいたとしてもだ。
この瞬間に、このタイミングで、この場所で9人揃うと言うのは、それこそ奇跡と言っていい位だろう。
そして9人は全員揃ってお参りをした。
明日のライブが成功しますように、μ‘sファイナルライブが大成功しますように…と。
お参りを終えると、9人は神田明神の鳥居の前で自然と手を繋ぎ並んでいた。
そこから9人は円を組み、それぞれ手を重ねあわせる。
そして声を発したのはもちろんこの人だ。
μ'sの象徴とも言える存在、穂乃果である。
「いよいよ明日だね。今日はオフなのに、こうして9人集まるなんて本当にすごい。明日でμ‘sは最後だけど、私はみんなとμ‘sができて…みんなと出会えて本当によかった!これからもずっと一緒だよ。よし、μ‘sのラストライブ、全力で楽しもう!」と言って穂乃果は重ねた手のひらをぐっと押し込む。
そこで全員が声を揃えて“おぅ“と言うと、手のひらを返すようにして上に掲げて全員でジャンプした。
みんな笑顔である。
最高の仲間に恵まれた。
全員が皆との出会いに感謝していた。
ライブ前日、9人の思いは1つであった。
続く