音乃木坂図書室 司書
週末の土曜日。
海未の弓道大会当日。
穂乃果たちは都内某所にある大会会場へと向かっていた。普段の土曜日であれば音乃木坂でスクールアイドルとしての練習を行ったり、BiBiはイベントやライブの予定があれば出演したりと忙しいのだが、この日はBiBiも特に予定がなかったので、自分たちの友人である海未の晴れ舞台をμ‘sのメンバー全員で応援に行くことにしたのである。
穂乃果の呼びかけにOGの3人ももちろん喜んで応じてくれていた。
だがこの事は海未には内緒だった。
余計なプレッシャーをかけないようにと言う気遣いである。
会場に向かう8人だったが、明らかに周囲と違って浮いている。
何しろ全員が何らかの変装している。
帽子やらサングラスやら、にこに至ってはこの暑さの中でマスクもしているし、真姫はお嬢様みたいな服装で、異様な集団と化していた。
それだけμ‘sやBiBiの人気が凄いと言うことだが、にこに関してはやりすぎだろうと言う他のメンバーの声が漏れてきそうであった。
「ニコちゃん、誰だかわかんないし、やり過ぎでしょ!」すでに真姫から漏れていた。
いや漏れたと言うよりは、はっきり声に出して言っていた。
にこの姿はと言うと金髪のウィッグをかぶり、毛先はアイロンで巻いていて、ばっちりとメイクもして大きいサングラスにおしゃれな帽子そして黒マスクと言う姿だった。
「しょうがないでしょ、私は有名人なんだから。暑い…」
「せめてマスクぐらいとればいいのに…」
そんなにこと真姫の後を歩く穂乃果は、ことりや他のメンバーと盛り上がっている。
どうやら事前に大会個人戦の対戦表を入手していたらしい。
それを見て絵里が言う。「海未は1回戦シードなんだね。すごいじゃない」
シードをされる選手というのは、実績や実力のある選手と言う証拠なのだ希も言う。
「て事は、1、1・2… 3回勝てば優勝やね!」
そんな会話をしながら8人は会場に到着した。
会場は都内でも有数の武道場を備えた体育館である。
中に入り8人は2階の応援席へと座る。
現在は試合前の練習の最中で、8人は海未に気づかれぬよう、射場からは離れている場所へと席をとっていた。
「私、弓道って見るのが初めてだけど、格式というか独特の雰囲気があって、見てるこっちまで緊張してくるね…」
と言うのは絵里である。
試合前の練習であるが、既に会場は独特の空気が漂っていた。
「そうなんだよね。私は前にも穂乃果ちゃんと一緒に応援に来たことあるけど、なぜだか私たちもすごい緊張しちゃうんだよね」ことりが言った。
それに希が続く。
「家、実は中学の時に少しだけ弓道やってたんやけど、本当に難しいんよね。技術ももちろんやけど、それ以上に精神面もかなり影響してくるんよ」
「えっ、希って弓道やってたの?それは意外ね」にこが言った。
「こう見えてもうちは色々とスポーツや武道やったことあるんやで。まぁ、にこっちに弓道は無理やろうけど」
「何でよ、希。私にできないものなんてないわよ!」
と言い張るにこに対し、後方からツッコミが入る。もちろん真姫である。
「無理でしょにこちゃんは。精神的に」
「うるさいわね真姫。あんたがいちいち何か言わないと気がすまないの?」
そうにこの言う通り、いちいち何か言いたいのが真姫である。
「だってそれが真実じゃないの。見た目は子供、頭脳も子供、つまりは子供。それがにこちゃんでしょ」
「ぐっ…あんたは…いいかげんにしなさいよ!」
「はいはい、そうですね。すいません矢澤さん」
この後しばらくのこと、2人の言い争いは続くが他のメンバーは毎度のことスルーしていた。
相変わらず仲の良い2人である。
そして再びにこが希に話を戻した。
「で、希はなんで弓道やめたわけ?は…!わかったわ…その胸にある重りが邪魔だったのね?」
「いや…ただ転校したからやけど…」
「あらそうなの!でも希は中学生の頃からそんな牛のようなお乳だったんでしょ。大きいのも考えようよね」
にこも失礼な発言である。
その後、希のワシワシマックスの餌食になった事は言うまでもない。
そんなお馬鹿なにこをよそに、集中して見ていた花陽が言った。
「海未ちゃん出てきたよ!」
その言葉で全員が射場を見つめると、練習着姿の海未が立っていた。
思わず凛がつぶやく。「海ちゃんかっこいい…」
海未の姿はとてもりりしく、かっこよかった。
練習ではあるが、海の周囲にはすごい空気が漂っている。
普段の海未やスクールアイドルの時とはまるで別人の海未。
練習に8人は見ていると気づけば周囲がざわついていた。
変装しているとは言え、観客席には応援に来た同世代の高校生が多いのでμ‘sと言うことがばれていたのだ。
いつの間にか囲まれてしまう8人。
その8人の周囲のざわつきとは対照的に海未は淡々と練習に励んでいた。
それを見て穂乃果とことりは言う。
「海ちゃんすごい集中してるね。全然こっちに気づかないいや」
「うん、これなら大丈夫だね。海未ちゃんがんばってね」
そんな話をしながら周囲に答える8人だった。
そして大会はスタートした。1回戦が終わり、続いて2回戦が行われる。
海未の登場である。試合を見にまとい、堂々としたその立ち居振る舞いはカッコイイの一言だった。
スクールアイドルのライブなら、大歓声であろう場面だが、弓道場の客席は静寂に包まれていた。
別人のような顔つきで、その集中力の高さは見ている方が手に汗を握る位だった。
呼吸を整え、海未は射場に立つ。
袴姿の海未は1つ息を吐き、鋭い視線で26メートル先、直径36センチの的を見つめる。
そして弓を構える。誰もがその瞬間に息が止まるかのような静寂感に包まれる。
一瞬の間の後、響く弓弦の音。
音が響き的に矢が命中する。海未の実力は評判通りのものだった。
放たれた矢は見事に的の中心を見抜いていた。
普段の海未とは全然違う姿は、ただただかっこよく、そして美しかった。
まるで一瞬、時を止めるかのような海未の姿。
応援に来た8人は静かに息を呑んで見守っていた。
続く