音乃木坂図書室 司書
会場のボルテージが高まる中、いよいよ関東地区最終予選がスタートした。
アイドルのライブの定番応援グッズと言えばサイリウムであろう。
会場は様々な色のサイリウムで揺れていた。
ラブライブ地区予選、各ユニットの持ち時間は6分間である。
そう、たったの6分しかないのだ。
その限られたわずかな時間の中で、自分たちの持てるもの全てを出し切れるか、いかにアピールできるかにかかっているのだ。
最終予選はもちろんラブライブオフィシャルホームページにて生配信されている。
だが現地ライブ会場での得票は通常の3倍であり、いかにこの舞台で良いパフォーマンスを披露し多くの氷を得られる日が決勝大会進出の大きな鍵と言えるのだ。
1組目のスクールアイドルのライブが終わり、穂乃果が花陽に尋ねた。
「ねぇ花陽ちゃん。Ray-OGの出番て何番目だっけ?」
「えーっと、ねぇ… 8番目だよ」
「そっか、ありがとう!」穂乃果はそういうと、席を立ってどこかへと歩いて行く。
穂乃果は何も言わないし、誰も穂乃果に聞くこともない。
だが2、3年生の5人には、穂乃果が何をしようとしているのかがわかっていた。
その頃ステージ裏では、すでに3組目までのライブが終わり、8組目のRay-OGの3人もライブに向けて待機していた。
「もう少しで出番だよ。亜里沙大丈夫?」
「ううん…大丈夫だと思うよ…」
梨緒が亜里沙に問い掛けるが、全然大丈夫ではなかった。
自分への問いかけなのに、どこか他人事みたいで、相当緊張しているようだった。
学園祭ライブの時もそうであったが、亜里沙は人一倍緊張しやすい体質だったのである。
「こんな時μ‘sはどんな気持ちだったんだろう…」
一方で雪穂は自分に言い聞かせるように1人でつぶやいていた。
「やば…なんだか私も少し緊張してきたかも…」
梨緒は握り締めていた拳を開くと、手のひらには汗がにじんでいた。
珍しく梨緒もこの大舞台を前に緊張が見て取れる。
前回の学園祭ライブの時も多少の緊張はあった。
でもあの時は出演メンバーも会場も含めて全てが身内であり、それこそお祭りだった。
しかし今回はラブライブ決勝大会をかけての最終予選であり、周りは皆ライバルである。
お祭りムードの学園祭とは全く違うのは当然で、どのスクールアイドルも真剣であり、その雰囲気が動く勇気は、無言のプレッシャーとなっていた。
「どうしよう…落ち着け私…大丈夫、ライブ直前にお腹痛くなったりなんかしないから…は?!私ネガティブ…」
呪文のようにぶつぶつと独り言をつぶやき続ける雪穂。
その隣では同じく亜里沙も何やら呟いている。
「確か海未さんはこんな時、自分以外を野菜だと思うようにするって言ってたっけ…野菜うん…ピーマン…トマト、野菜嫌い無理…」
さらに梨緒もつぶやいている。
「真夏のブラジル、照りつける太陽に、美しい砂浜…サンバのリズムとサッカーボールを追いかける少年たち…」
梨緒に至っては何を言ってるのか、意味不明である。
そもそもが今、この3人は雪穂が日本語、亜里沙はロシア語、梨緒はスペイン語でつぶやいていた。
それぞれが緊張を紛らわすようにそんな国際色の強いRay-OGの3人に声をかける人物がいた。
それはもちろん穂乃果だった。
「雪穂!亜里沙ちゃん!りょうちゃん!」ほのかの声に3人は振り向く。
そして3人の顔に笑顔が戻る。
笑顔と言うより安堵の表情というのが正しいのかもしれない。
ライブ本番が近づくとともに増していた緊張感が、穂乃果の登場で一気に和らいだのである。
音乃木坂のスクールアイドルにとって、やはり穂乃果の存在は大きいのだ。
雪穂が言う。「お姉ちゃんてどうやってここにきたの…?」
「笑どうやってって普通に歩いてきただけだよ」
通常、ステージ裏や控室は関係者以外は立ち入り禁止である。
だが穂乃果は別格だった。
普通に止められることなく、すべて顔パスでステージ裏のRay-OGの3人の下までたどり着いたのだ。
さすがは元μ‘sのリーダーである。「
3人とも緊張してるんじゃないかと思って…だからここまで来ちゃったよ!」
穂乃果の言葉に自然と3人は笑みがこぼれる。
なんとなく来ちゃったみたいな言い方だけど、後輩の自分たちを心配してきてくれたことを3人は分かっていた。
「私たちμ‘sもね、最初の頃はすごい緊張したよ。
でもステージに立つと、多くの人の前で歌えるのが嬉しくなったんだ。
Ray-OGの3人なら大丈夫だよ。
なんていったってA– RISEとμ‘sと同じステージに立ったことがあるのはRay-OGだけだから。
だから大丈夫、自信持って。最後に音乃木坂のスクールアイドルの先輩として一言。ライブ楽しんでこい!」
そう3人に告げる穂乃果。
その言葉は後輩にとって他の何よりも勇気づけられ、頼りになるものだった。
気づけば雪穂と亜里沙もいつもどおりの表情に戻っている。
梨緒は自信に満ちた表情をしている。
3人は落ち着きを取り戻していた。
もう大丈夫だろう。
そう思って穂乃果は3人とハイタッチを交わし、客席へ戻ろうとしていた。
「あ、あと1つ。おしるこガールズファイトだよー!」
振り向き様、親指を立てて穂乃果はそう言うとそのまま去っていった。
「もう、おしるこじゃないって!でも、ありがとうお姉ちゃん…」
Ray-OGの3人は穂乃果によってすっかり緊張も溶けて、さっきまでが嘘のようにライブが待ち遠しい気分であった。
μ‘sとして走ってきた姉の、先輩の言葉は彼女たちにとってとても大きなものだった。
そして再び客席に戻った穂乃果、すぐに真姫が声をかける。
「おかえり穂乃果。で、3人の様子はどうだった?」
「あれ、ばれてたの!?」
「バレバレよ。穂乃果、わかりやすすぎるもん」
「あはは…うん、大丈夫だよ。きっと最高のパフォーマンスを見せてくれると思う」
「そっか、それなら安心ね」
穂乃果の言葉に音乃木坂スクールアイドル部一同が安心した様子であった。
皆がRay-OGの事を心配していたのだ。
ライバルでもあるけれど、音乃木坂スクールアイドル部の仲間として...
そんなスクールアイドル部を見て、理事長は優しい笑みを浮かべていた。
続く