音乃木坂図書室 司書
テーブルをドンっと両手で叩き、強い口調で真姫は言った。
驚いたような表情で全員が真姫を見つめる。 8人の視線を集め真姫は話をつづけた。
「ごめんね、大声だしちゃって...μ'sは9人で、みんなで終わりってきめたけど...まだμ'sは物語の途中なの...だって私の中でμ'sはまだ最後の曲をやってないんだもの...」
”まだ最後の曲をやっていない”と言った真姫。
その瞳からは涙が溢れそうであった。
真姫の中でのμ'sへの想いが一気に溢れたのであろう。
必死に泣くのを耐えようとする真姫であったが、すでに涙が頬を伝う。
真姫は言う。
「希は知ってるわよね。ニューヨークで希に見られた曲よ...あれはμ'sのために作った曲なの...あの曲をやらない限り、私の中ではμ'sは終わらない...」 「真姫ちゃん...」
希は真姫の胸中を察したのだろう。
真姫を支えるように肩に腕を回した。
すると真姫は希にもたれかかるようにして、皆の目を憚ることなく泣き出してしまった。
ニューヨークで希に見られた曲。
その局は3月末のスクールアイドルによるライブの時に使用するのを真姫が拒んだ曲である。
μ'sのための曲だからと言って... μ'sの作曲はすべて真姫が担当している。
だからこそ人一倍μ'sの曲に対して、そしてμ'sみ対して真姫はいろいろと想う事があったのである。
それらの想いが感情として湧き上がってしまい、涙を堪える事ができなかったのだ。
その時、ようやくである。 打ち合わせが始まってからずっと沈黙を貫いていた人物がようやく重い腰を上げて口を開いた。
そう、それはμ'sの生みの親の穂乃果である。
「ねぇ、みんな、ラブライブ決勝大会のライブ直前に私が言ったことって覚えてる?これだけずっとみんなと一緒にいて仲良くなっちゃうとさ、もうお互いの考えている事が言わなくても分かっちゃうんだよね。不思議だよね。真姫ちゃんだけじゃなくてさ、他のみんなの顔見ればわかっちゃうよ。だってみんなの顔に書いてあるんだもん。μ'sがやりたいって。もう一度9人でμ'sがやりたいって!」
穂乃果は皆が言えなかった事を言葉にした。
”もう一度μ'sがやりたい”と...言いたかったけど、誰も言えなかった。
言ってしまえば簡単な事であったが、それを言うのがどれだけ大変な事だったか... だが穂乃果は皆が言えなかった事をはっきり言葉に出していったのである。
「やろう!もう一度μ'sをみんなでやろうよ。スクールアイドルとしてのμ'sじゃないけれど、私たちが大好きだった、私たちのμ'sをもう一度やろう!」
穂乃果はそう宣言した。
全員が穂乃果がそういうのを待っていたかのようである。
泣いていた真姫も笑顔で頷く。
皆が互いの顔見合って、笑顔を見せる。
そして全員が自然と声を揃えて言った。
「やろう!もう一度μ'sを!」
9人全員、最初から考えていた事は一緒だったのだろう。
そしてその想いは穂乃果の言葉によって現実のものとなった。
いつの日だか絵里は言った。
穂乃果の言葉は人を惹きつけると。
いつの日だか、海未は言った。
穂乃果は私の知らない世界へと連れて行ってくれると。
まさしくその通りであろう。
穂乃果の言葉・行動は自然と人を惹きつけるのである。
改めて穂乃果はμ'sの心臓とも言える存在なのだ。 こ
うして今一度μ'sをやると決意した9人。
高坂家では笑顔と笑い声に包まれていた。
隣の部屋でこっそりと話を聞いていた雪穂と亜里沙も嬉しさを角きれなかった。
亜里沙に至っては喜びの余り、泣き出すぐらいであった。
高坂家は和やかな空気であった。
そんな中で真姫の横に座っていたにこがふと言う。
「真姫ってば本当に泣き虫よね。この前も言ったけど、もっと素直になりなさいよ。全くもう...」
「な、何言ってんのよ、にこちゃんてば!泣いてないわよ...」
「何言ってんの。ついさっきまで声出して泣いてたじゃないのよ」
「うっ、あ、あれは汗よ汗。っていうか花粉よ...花粉が目に入って、それでその...」
苦し紛れの言い訳をする真姫だったが...
「汗とかかふんとか言い訳が下手すぎるでしょ。あんたこの前も私の前で大泣きしたじゃないのよ。」
にこがこの前の出来事を暴露する。
「ちょ...にこちゃん、みんなの前で言わないでよ!」
にこにバラされて恥ずかしそうにする真姫。
だが、特に誰も気にしていない。
μ'sのメンバーの中では、この2人は付き合っている設定になっている。
にこと真姫が2人だけでデートしていたとしても、さして驚くこともなくというか、むしろそれがさも当然かのようになっていた。
逆にその空気が気になる真姫。
「ちょっとね、誰か突っ込みなさいよ!」
相変わらずのにこと真姫を見て皆が笑っていた。
そこに希が気になっていた事を真姫に尋ねる。
「そういえば真姫ちゃん、μ'sの最後の曲はもう完成しとるん?」
希の質問と共に全員の視線が真姫に集まる。
皆の視線を受けて真姫はゴソゴソと鞄の中から何かを取り出した。
それはスマホ程度のサイズの赤いUpod(音楽再生機器)であった。
「もちろんできてるよ。希に見られた時にはすでに曲の大部分はできてたの。その後に編曲して、作詞も私がしたんだ。僕たちは一つの光って曲名にしたの。よかったら聴いてみて」
真姫は少し照れた様子でUpodを希へと手渡す。
「さすが真姫ちゃんやね。どれどれっと...」
希はイヤホンを耳に装着し、Upodの再生ボタンを押す。
その瞬間、希の耳には美しいピアノのメロディが広がる。
曲を訊いた希はその素晴らしさに感動し、Upodを握りしめて立ち尽くしていた。
「希!希ってば!」 絵里の呼びかけに希は我に戻る。
「真姫ちゃん凄い...この曲やばいやんか...」
希は曲を訊いた素直な感想を言った。
ただ一言、凄いと... それだけ真姫の、μ'sに対する想いが込められた曲であった。
全員が私も聴きたいと言って次々に希と真姫の元に寄り集まる。
「すごい良い曲にゃ」 希からUpodを受け取り、凜が曲を聴きながら言った。
「ちょっと凛!早く私にも聴かせなさいよ!」
まだ聴いている途中にも関わらずにこはUpodを奪おうかという勢いである。
そんなにこを静止するかのように花陽が言う。
「にこちゃん順番だよ。次は私の番だよ!」
自分が作った曲を、皆が取り合うようにして聴きたいと言ってくれるのが、真姫は心から嬉しかった。
やっぱりμ'sって、μ'sの仲間って最高だなと思う真姫だった。 「
最高ですね。真姫の詞もとても良くて心にジーンときますね」
普段、μ'sの作詞を担当している海未もうなる程、納得の詞であった。
まさにこの曲のための詞といえるだろう。
「真姫ちゃんこの曲...歌詞にメンバー全員の名前が入ってる...」と言ったのはことりだ。
「よく気づいたわねことり。うん、みんなの名前入れたんだ。この曲合う素敵な衣装のデザインよろしくね」
真姫はμ's最後の曲として作った”僕たちはひとつの光”の歌詞にメンバーそれぞれの名前もしくは名前の一部をちりばめていたのだ。
μ'sに対する想い、メンバーに対する想い...真姫の想いが詰まった曲であった。
続く