音乃木坂図書室 司書
再び黙るにこを見て真姫も落ち着きを取り戻していた。
すでに時刻も夕方、春とは言え日が暮れるとまだまだ寒い季節である。
そんな中、真姫が再び口を開く。
「私はね、音乃木坂に残った5人が大切なの。少し頼りないけど穂乃果を中心に3年生の海未とことり、そして同級生の凛と花陽。 5人みんなのことが大切なんだ。 でもね、それと同じく卒業した3人のこともとても大切なの… 希と絵里にはμ's入ったから何度も助けてもらった。 もちろんにこちゃんにも…にこちゃんは…みんなそうだけど特ににこちゃんは歳の差関係なしに仲良くしてくれて…子供っぽいところも多いけど面倒見も良くて…にこちゃんと毎日一緒に居られて本当に楽しかった。 卒業した3人に出会えて本当によかった。 だから私にとって3人はなくてはならない存在なの…」
「真姫…」 いちど口にした途端、スイッチが入ったかのように真姫のμ'sのメンバーに対する思い、卒業していった3人への想いが止まらなかった。
「いなくなるわけじゃないし、私たちの関係が変わらないこともわかってる。でも音乃木坂ににこちゃん達はもういない。それが何よりも寂しい…」
語りながら真姫の中で 感極まるものがあったのだろう。 その目元には涙が浮かんでいた。
にこはそれに気づいていたが、真剣な面持ちで真姫の言葉に耳を傾ける。 「そして何より、私はにこちゃんと一緒にアイドルがやりたい…にこちゃんがいないとダメなの…」
それはもう、にこへの告白とも言える真姫の本音だった。
座りながら語る真姫は制服のスカートをグッと握りしめ、涙を堪えているのが見てわかる。
そして最後の言葉を絞り出し下のように言った。まるでにこに嘆願するかのように…
「だからお願い…私のそばにいてにこちゃん…私を置いて行かないで…」
そう言い切った瞬間に真姫の頬を涙が伝う。
そんな真姫を見て、にこは優しく手を握りしめた。
「置いていかないでって何よ、馬鹿ねもう…そんなのありえないし、そんなこと考えるんじゃないの、わかった?」
こくっと頷き、真姫はにこを見つめる。 にこの表情がいつも以上に優しく、真姫を包み込むかのようであった。
普段は立場が逆転してどっちが先輩で年上かもわからない2人であるが、こういう時先輩なんだなと感じられる優しさを見せるにこであった。
「ねぇ真姫、覚えている?あの日の事… 9人で見た夕方の海でみんなで手を繋いで、あの時、真姫がアイドルは続けるって言ってくれたでしょ。それが本当に嬉しかったし、あの日の言葉があったからこそ、私は安心して卒業ができたんだよ。この子たちなら大丈夫、音乃木坂と、そしてスクールアイドル部を安心して任せられるって思ったの。でも実際こうして別々になってみたら、やっぱり寂しいよね…」
真姫の隣に座っていたにこは立ち上がり、続けて言う。
「でもね、あの日真姫が言ってくれた言葉が、他の何よりも嬉しかったんだよ。にこちゃんたちがいないμ'sは嫌だって…あー、やっぱりμ'sは私たちにとって特別なんだ。このメンバーじゃなきゃダメなんだなって思ったんだ。私にとって全員が大切な仲間であり、友達であり誰1人いなくなるなんてありえないって思った。そして真姫、あなたはいつも私のそばにいてくれたわね。ありがとね真姫…」
μ'sを終わりにすると決めた時、真姫は言った。 アイドルは続けると。
そしてにこたちがいないμ'sは嫌だと。 続けようと思えば、メンバーを入れ替えて続けることもできたし、実際にその案も出ていた。
スクールアイドルに限らず、多くのアイドルはメンバーを入れ替えながら活動をしている。
だが、真姫のこの言葉が決め手となり、μ'sを終りにすると、μ'sを9人のものだけで終わらせることを決めたのだ。
真姫にとってのμ'sは先輩3人がいてこそ、9人がいてこそのμ'sだったのである。
それ以外の選択はあり得なかったのだ。
それはにこも同様であり、他のメンバーもそうであった。
にこの言葉を聞いた真姫はもう涙が止まらなかった。
にこは再び真姫の隣へと腰を下ろす。 まるで恋人がそうするかのように、真姫の頭を優しく撫でながら、肩をとり抱き寄せた。
「うん、一緒にアイドルをやろう。 私も真姫と一緒にアイドルがやりたい。でも本当に素直じゃないんだから…いつもずっとそばにいたじゃない。もっと早く言えばいいのに…本当にめんどくさい子ね。でもね…」
にこの言葉は今までのどの言葉よりも優しかった。
自分を慕ってくれる後輩を優しく包み込むように…にこがこの道に進学したのもなんとなくうなずける。
面倒見の良いこの優しさはきっと保育士に向いているだろう。
そしてにこは続ける。
「そんな真姫が私は大好きだよ」 真姫の思いに対してにこは素直に答えた。
その瞬間真姫は糸が切れたかのようににこに頽れ、周囲を 憚ることなく大きな声で号泣していた。
「うぐっ…ぐすん…にこちゃんのバカ…」
言葉にならないような声で真姫は言った。
その言葉は言葉の意味とは裏腹に、にこに対しての感謝の言葉であった。
「真姫、ありがとね…」 真姫を支えるにこのほほにも涙が伝っていた…
にこと真姫。お互いにプライドが高く、素直になれないもの同士である。
しかし2人はお互いにとってなくてはならない存在であった。
誰よりも言い争っていて、ケンカもしているのに、他の誰よりも仲の良い2人なのである。
初めてかもしれない。
お互いがここまで素直に向き合えたのは。
互いに心の内を見せる事ができたのは... 一緒にアイドルがやりたい、そばにいたいと...今日この日があったからこそ、この先、にこと真姫、そして絵里の3人によるユニット、BiBiが誕生する事になるのであった。
EP-005と続く