音乃木坂図書室 司書
「にこやーん!」いきなり背後から声を掛けると同時に、にこにハグをする女の子。
にこに比べるとだいぶ背が高い。
もはやハグと言うよりも後からにこを抱き上げていると言ったほうが正しいだろう。
その子は音乃木坂でにこと同じクラスだった子である。
「うわぁぁぁー!?」
背後から声をかけられるのと同時に、自分の体が浮き上がり、突然の出来事に驚いて大声を大声を出して叫ぶにこであった。
「ちょっ…驚かさないでよ柚梨愛!ってゆうか…降ろして…」
子供が親に持ち上げられたかのような状態のにこであった。
「えへへっ、だってにこやんかわいいんだもん。にこやんを見るとどうしてかなぁ、つい抱きしめたくなっちゃうの」
彼女は加藤柚梨愛(ゆりあ)、音乃木坂学院でにことクラスメートだった子である。
1年・3年次に同じクラスで、何故かいつもにこと席が近く、一緒になることも多かったため、にこにとっては数少ない仲の良いクラスメイトだったのである。
にことは対照的に柚梨愛は身長が173センチもあり、並ぶと親子みたいに見える2人である。
モデル並みのスタイルで端正なルックスもあり、街を歩いていると、よくスカウトの声をかけられる柚梨愛ではあるが、持ち前の運動神経の良さを生かし、音乃木坂時代はバスケ部のキャプテンを務めていた。
一方でアイドルが好きであり、自身は大のコスプレ好きもあってレイヤーとしても活動をしていた。
音乃木坂時代から柚梨愛はアイドル活動をするにこをずっと応援していた。
μ'sとして活躍するにこを見て、いつも喜んでくれていた柚梨愛の存在は、にこにとって嬉しいものであったのだ。
「もう、背後からこっそり近づいて、そのたびに抱きつくのやめてよ…いや…抱きつくって言うかぁ、完全に私、持ち上げられてるわよね…その細い体のどこにそんな力があるのよ。毎回心臓がドキッとするんだからね」
「ごめんね、にこにゃんのことが好きすぎるの。ねぇ、どうしていつもそんなにかわいいの?今度一緒にコスしようよ」
「コスは嫌よ、前から言ってるでしょう。残念ながら私は柚梨愛と違ってスタイル良くないの。だから露出の多いコスはNGってわけ。わかった?」
「えー、そんなこと言って、μ'sの時はいつも露出の多い衣装着てるよね。水着の衣装もあったじゃん」
「あんた詳しいわね…そうだけど衣装とコスは別物よ。コスは見せるのが目的じゃないの。事務所からダメって言われてるの!」
「うん…にこやんの言ってることの意味がよくわからないけど、とにかくにこちゃんは可愛くて面白くて大好きだよー」
今度は正面からにこをハグする柚梨愛。
柚梨愛の胸に埋もれるように抱きしめられる。
柚梨愛はにこのことをにこやんと少し変わった呼び方をする。
いつの日からか、気づいたときにはそう呼んでいたのだが、特に2人とも気にすることなく今に至る。
「く…苦しい…柚梨愛苦しいってば!」
「あ、ごめんね。かわいいにこやんとまた同じ学校で嬉しくて。またこれからもよろしくね。にっこにー!」
「はぁ…このおっぱいモンスターめ…どうして私の周りはこんな人ばかりなのかしら… (柚梨愛と希のこと)まぁいいわ、そうね、私も一緒で嬉しいよ。よろしくね!」
「ねえにこやん、これからどこか行くの?駅と反対の方向に歩いてたけど」
「ちょっと寄り道して帰ろうと思って。そういう柚梨愛はどうなのよ?よかったら一緒に神楽坂行かない?」
「ごめん、今日はこれからバイトなんだよね。高校卒業して、新しいバイト始めたの。メイドカフェだよ。にこちゃんも一緒にやらない?メイド服姿のにこやん、絶対にかわいいだろうなぁ」
「へぇー、メイドカフェかぁ、悪くは無いわね…考えてみるよ」
メイドと言われ、にこはあることを思い出していた。
μ'sの時、アキバの駅前でメイド衣装でライブをしたこと、伝説のメイドと呼ばれたミナリンスキーの正体がことりだったこと…μ'sのときの楽しかった思い出がよみがえっていた。
そんなにこに対し、柚梨愛は気になっていたことを尋ねた。
おそらく今まで聞くのを躊躇ったのだろう。 その口調は少し申し訳なさそうであった。
「ねぇ、にこやん、ところでさぁ…アイドルはこれからどうするの…?もうおしまい…なのかなぁ…」
「………」
柚梨愛の問いに言葉が詰まってしまうにこ。
実際、にこもそのことについてはかなり考えていた。
ただ、どうするかの結論にはまだ至ってなかったのである。
否、にこの中ではとうに答えは決まっているに違いない。
アイドルがやりたいに決まっている。
今までは音乃木坂でスクールアイドルがあって、共に苦楽を乗り越えてきたμ'sの仲間がいた。
しかし今は、音乃木坂を卒業しそれに伴いμ'sの活動は終了し、短大へと進学した。
ここでアイドルはできない。
やるとしたら完全に外でやる以外にない。
外で続けたいと言う気持ちもある。
ただそれ以上に、にこにとってμ'sの存在が他の何よりも大きかった。
今の現状でμ'sのメンバー以外とアイドル活動と言うのは考えられなかった。
つまり単純に、どうしたらいいのかわからずに悩んでいたのだ。
「まだわからない…できるならアイドルは続けたいけど…、μ'sが終わった今、自分でもまだ答えが出せないの…」
久しぶりに見せるシリアスな表情…それだけ、にこにとっても簡単な問題ではなかった。
「そっか、そうだよね。新しい道に進んだばっかりだし、何よりμ'sは終わったばかりだもんね…」
「うん…」
2人の間に少し重たい空気が漂うが、柚梨愛は続ける。
「でもね、できることなら…無理だとわかった上でだけど…私はもう一度μ'sとして、μ'sの矢澤にことして活躍しているにこ屋の姿を見たかったな…アイドルをやっているときの、μ'sのときのにこやんは本当に誰よりも輝いていたもんね…そんなにこやんが私は大好きだったから」
にこに自分の気持ちを、μ'sのにこが見たいと言う思いを伝えた柚梨愛。
もうμ'sは終わってしまったもう無理だとしても…今一度μ'sとして、アイドルとして輝いているにこの姿をみたかったのである。
元気がない時、悲しい気分の時に柚梨愛に元気を与えてくれたのはμ'sであり、μ'sの矢澤にこだったから…柚梨愛は再びにこをハグする。
今度は優しく包み込むように…そしてにこの瞳を見つめる。
「でもね、今のにこちゃんも大好きだよ。小さくてとっても可愛いから。大好きだよにこやん」
柚梨愛はそう言ってにこのおでこに優しくキスをした。
少し恥ずかしそうな表情をしながら、にこは言う。
「ありがとう柚梨愛…でも、小さいは余計でしょ」
柚梨愛にはわかっていた。
にこがまだアイドルをやりたいと思っていることを。
μ'sに未練があることを。
やりたいと思っているけれど、1人ではどうすることもできないもどかしさを…にこの心の葛藤がわかっていた。
そんなに子を見て柚梨愛は少しでも力になりたいと、心から応援したいと思っていた。
こんなことでアイドルを止めるはずがない、たとえμ'sでないにしても、きっとにこはアイドルを続けると言う確信めいたものがあった。
だから自然とこんな言葉が出たのだろう。
「私はいつだってにこやんのことを応援しているよ。次にアイドルやる時は私も力になるから、何でも相談してね」
美しい桜並木の下で立ちすく子柚梨愛とにこ。
まるで2人を祝福するかのように舞い散る桜の花びらを背景に手を握る2人であった。
続く