音乃木坂図書室 司書
よく通る大きな声で笑いながら部屋へとやってくる穂乃果。
いつにも増して元気に溢れている。
「みんなお待たせ-!」
勢いよく部屋の扉を開け、入ってくる穂乃果。
笑顔で迎える凛と花陽に対し、にこは不満そうな顔である。
「遅いわよまったく...何時だと思っているのよ」
ボソッと呟くにこ。
現在時刻は13時50分であり、今日の部活は14時からである。
問題なく間に合っているが、勝手に来て、しかも勝手に時間を間違えて、13時前から来ていたにこにとっては、既に1時間以上待っていたことになる。
思わず文句をこぼすが、これは自業自得である。
それをにこ自身もわかっているので、一人ごちるように呟いたのであった。
穂乃果に続き、海未とことりも部屋に入ってくる。
3年生の3人はにこがいることが、さも当然かのように、特に気にする気配もない。
何しろにこはほぼ毎日、音乃木坂に来ているのだ。
実は卒業できなくて留年したのではないかと噂されるぐらいである。
更に3年生3人に少し遅れて部室へ入ってきたのは絵里であった。
その瞬間に2年生の二人は同時に声をあげた。
「絵里ちゃん!」
凛と花陽の声は見事100%のシンクロ率を見せた。
二人は嬉しそうに絵里の元に駆け寄りベタベタしている。
「ちょっと凛、花陽!くすぐったいわよ」
というものの、可愛い後輩になつかれて絵里も嬉しそうである。
それにしてもこの二人、毎日来ているにこに対する態度とは天と地の差であった。
その様子を見て、にこはふくれっ面をする。
「ふん、二人とも子供ね。ベタベタしてはしゃいじゃって。それより絵里、どうしてあんたがいるのよ。」
予想外の絵里の登場に食って掛かるにこ。
そんなにこを視界に捉え、絵里はじっと見つめる。
「な、何を絵里...そんな目で見つめないでくれる?」
「にこ、それはこっちのセリフよ。どうしてここにいるの!?」
「OGなんだから別にいてもおかしくないでしょ。絵里...ははーん、分かったわ。あんたも寂しくて来たって訳ね!」
にこも本当は絵里に会えて嬉しいのだ。
ただいつも通り素直に言えないだけである。
こうして突っかかるのは一種の照れ隠しみたいなものであった。
そこへ凛が鋭いツッコミを入れる。
「あー、にこちゃん、今言ったにゃー。あんたもって事はやっぱり寂しかっただけにゃー。そうなら素直に言えばいいのに、にこちゃんは照れ屋だにゃ」
「きぃぃぃー!凛、あんたは少し黙ってなさい!」
からかうような凛の態度ににこは沸騰する。
そしてリンのおでこにめがけてビシッとチョップを見舞う。
乾いた良い音とともに痛そうにおでこを押さえて凛は蹲る。
「痛いにゃー...にこちゃんひどいよ...本当は寂しいくせに、絵里ちゃんが来てくれて嬉しいくせにー」
「ちょっとにこってばやりすぎよ。凛に謝りなさいよ」
絵里は少し強い口調で、まるで自分の子を叱る母のごとく言う。
お調子者のにこも絵里には逆らえなかった。
同学年で上下関係など存在しないのに、まるで二人の間にはヒエラルキーでもあるかのように従うにこであった。
「うっ...凛。ごめん...ちょっとやりすぎたわね...」
絵里もこの二人がとても仲が良いのは当然分かっている。
ただ互いに気を許せる存在であるが故、時には言い過ぎたりやり過ぎたりしてしまうこともあるのだ。
「はい、これでおあいこね。凛はあまり言いすぎないこと。にこも手を出しちゃだめ。わかったわね二人とも!」
”はい”と頷いた二人は絵里によって、まるで喧嘩をしていた子供を仲直りさせるかのように手を取られ、握手させられていた。
その光景をまるでいつもの日常の出来事かのように特に気にすることもなく、海未とことりはおしゃべりに興じ、穂乃果と花陽は新発売のお菓子に夢中であった。
「そうだ、にこ。海未から聞いたけど、あなた毎日のように音乃木坂に来てるそうじゃないの。そんなに暇なの?」
「まあね...って違うわよ!私も忙しい時間を割いて、後輩の指導に来てあげてるのよ。私がいないとみんな寂しがるし、だからよ。」
「やれやれ...にこは全然変わらないわね。まあ、ここに来たくなるにこの気持ちも分かるけど」
「でしょ。絵里もそう思うでしょ!やっぱり来たくなるわよね」
そこへことりとおしゃべりしていた海未から一言入る。
「絵里も午前中、一人で部室に来てましたもんね。」
海未の一言に対しにこは鋭く反応した。
「えっ、何?そうなの?ほら絵里もそうじゃない。あんた一人で来て何してたのよ?ねぇ、海未、何してたわけ!?」
にこの発言に対し絵里は赤面しながら海未に言う。
「海未、何も言わないで!お願い、黙ってて!」
必死な絵里の姿を見てクスクス笑う海未。
「ねー海未ちゃん、午前中に何があったの?」
穂乃果が言った。
思わぬところからの刺客に絵里は声を荒げる。
「何もないわよ!穂乃果は黙ってお菓子を食べてなさい!」
しょんぼりする穂乃果。
だがまだにこがいる。
「何、何、何?何があったのよ海未!?」
海未は午前中のことを思い出し笑いそうになっていた。(絵里が衣装姿でにっこにっこにー...プフフッ)
絵里は祈るかのように海未を見つめている。
「それはですね...内緒です。プフフッ...」
絵里は黙っていてくれた海未に心から感謝し、安堵の気持ちでいっぱいだった。
もし自分が、にこのものまねをしたなんて知られたら、それこそにこが調子に乗るのは目に見えているし、他のみんなにも笑われかねない。
それほど午前中のことは絵里にとって恥ずかしかったのであった。
「何よ内緒って。いいじゃない。教えなさいよ。」
「もう何でもないから気にしないで! それよりにこ、あなたはもう学校始まるでしょ!」 「ええそうよ。明日入学式よ。絵里もでしょ?」
「私はこの前入学式は終わって、明後日からよ。明日入学式なのに音乃木坂来てて大丈夫なの?」
「全然平気よ。特に準備することもないし」
音乃木坂を卒業した三人はそれぞれ進学していた。
にこは短大へ、絵里と希は大学へとである。
「ところで希はどうしてるの?あんたたち同じ大学でしょ」
「希は今大阪に帰ってるわ。ご両親に会いにね。」
「そっか...って、えっ?希のご両親って大阪にいるの?初耳ね」
「私もそれは最近知ったんだけどね。ほら、希はご両親の仕事で小さい頃から転校が多かったそうだけど、高校生になってご両親の実家があるアキバで一人暮らしさせてもらえるようになったんだって」
「へぇー、そうだったのね。高校生で一人暮らしだから、なんでかなって思ってたのよね。」
希は小さい頃から日本の各地を転々としてきたのだが、中学3年生の時に母の実家のある秋葉に引っ越してきたのだ。
そして実家が近いから安心だろうということで高校から一人暮らしをしているのである。
ちなみに希の住む賃貸マンションは希の祖父母が所有する物件であり、そのマンションの隣に建つ家が祖父母の家である。
一人暮らしではあるが、半ば祖父母と住んでいるようなものである。
「なるほどねー、そりゃそうよね。一人暮らしの割に広い部屋だし、普通に考えて、あの場所の家賃って相当よね。でも隣におじいちゃん達が住んでるなら安心ね。」
にこと絵里の会話に他の5人も耳を澄ましていた。
みんな希のことは気になっていたのだ。
だが家庭の事情について本人に聞くなんて野暮なことはできない。
特殊な事情があるかもしれないのだから。 でもこの話を聞いて皆安心したのであった。
希はミューズの中でも皆のお姉さん的な存在で慕われており、いつもみんなを気遣う優しい先輩なのである。