音乃木坂図書室 司書
ー学園祭終了後ー
時刻は19時を回っていた。
一通りの後片付けも終わり、皆が帰宅していく中で、生徒会としてほかの生徒よりも遅くまで残っていた穂乃果。
生徒会長としての仕事も多く、最後に教師らに挨拶を済ませた後、帰宅前に穂乃果は一人で講堂へと足を運んでいた。
昼間のライブのときの歓声とうってかわって寂然としている講堂。
わずかな間接照明がついているだけの薄暗い中で、何やら物思いにふけるかのように手を後ろに組みとぼとぼと歩いていく。
そしてステージまで来ると、そのままステージの上にひょいと上がり、講堂全体を見回して、穂乃果は歌いだしたのであった。
「産毛のことりーたちも、いつか空に羽ばたくー」 穂乃果が口にしたのはμ‘sの始まりの曲であるSTART DASHであった。
”初めてμ‘sとして3人でライブをしたのもこの場所だった。真姫ちゃんがこの曲を作ってくれたのがμ‘sのスタートだった…”
懐かしい思いをめぐらせる穂乃果。
するとそんな穂乃果に続くように歌い出した人がいた。
それはことりと海未だった。
「大きな白い翼でー、飛ぶ」
「諦めちゃだめーなんだ」振り返るといつの間にか2人がいて驚く穂乃果。
「ことりちゃん、海未ちゃん!先に帰ってていいって言ったのにどうしたの?」
穂乃果は教師に挨拶する前に、2人にそう告げて生徒会室を後にしたのだ。
しかし海未とことりは穂乃果がここに来るのがわかっていたかのように、先に講堂へと来ていた。
「穂乃果を置いて帰るわけないでしょう。それにしても懐かしいですよね。
μ‘sはじめてのライブはこの曲で、この場所で…私と穂乃果とことりの3人だけでしたからねぇ」
「うん、そうだね。あの日お客さんと呼べる人はいなかった。
花陽ちゃんと凛ちゃんが遅れて来てくれただけだったよね」
まるで穂乃果の思考を読んだかのように、海未とことりも懐かしいμ‘s始まりの頃のことを口にした。
さらに海未は続ける。
「そういえば隠れてにこも来てましたよね」
その時講堂の端の座席の方から“ガコン“と言う大きな音が響く。
何事かと目をやる3人。
するとひょっこりとにこが姿を現したのである。
にこはあの日と同じように隠れていたのだ。
学園祭後も帰宅せずにスクールアイドル部の部室にいたにこは、たまたま穂乃果と同じタイミングで講堂に来ており、穂乃果の姿についとっさに隠れたのであった。
にこは立ち上がり3人に言う。
「う、うるさいわよ…あの時はね、あんたたちの失敗する姿を見に来ただけよ!」
突然姿を現したにこに3人は驚いている。
海未が言う。「にこ…何してるんですか…」
「何でもいいでしょう、ほっときなさいよ。それよりも、今は3人とも立派なアイドルに成長したわね」
なぜここにいるのかをごまかすように言うニコに3人は苦笑いを浮かべる。
そして3人の元へ駆け寄り、にこっと笑顔を見せる。
海未が言う。「私は最初は本当に嫌だったんですよ。アイドルなんて恥ずかしくてしょうがなかったんです…
でも今では人前で歌うのがこんなにも楽しくて…やはり穂乃果についていってよかったって思ってます。
私をμ‘sに誘ってくれてありがとうございます穂乃果…」
「海未ちゃんはスカートの衣装も嫌がって、下にジャージ履いてた位だもんね。でも穂乃果ちゃんが可愛いから大丈夫って言って…
実際衣装を着た海未ちゃんは本当に可愛かった…懐かしいね、もうあれから1年以上かぁ…」
穂乃果に感謝する海未、そして懐かしい思いにふけることり。
その2人に対して穂乃果も感謝の思いを伝える。
「海未ちゃんが一緒にスクールアイドルやってくれて私は本当に嬉しかったよ。
私の方こそありがとう海未ちゃん。それにことりちゃんもありがとね。
もちろんにこちゃんもだよ。にこちゃんが入ってくれてμ‘sは大きく成長できたから。
でもあれからもう1年以上経って…多くの人に出会って、たくさんの人に支えられて、私たちは今こうして、みんなに受け入れてもらえるようになったんだね…」
穂乃果の言葉に頷く海未とことりとにこ。
穂乃果の言う通りμ‘sは多くの人に支えられてきたのだ。
そして今があるというの皆が理解している。
「そうね…私も本当に最初はやる気なかったんだけどね。誰かさんがしつこくて…ねぇ穂乃果」
声の主は真姫だった。
気づけば講堂の正面入り口から入ってきてステージへと向かってきていた。
真姫の横にはもちろん凛と花陽もいる。
「あれ、みんなまだ帰ってなかったの?」
穂乃果が声を上げる。
「それはこっちの台詞よ。いつの間にかにこちゃんいなくなってるし」真姫が言った。
それを補足するように凛が言う。
「にこちゃんも含めて部室で今日の後片付けしてたんだ。
それで1段落して帰ろうと思ったらにこちゃんがいなくて、自然と凛たちも足がここに向かってたんだ」
いつの間にか講堂にはμ‘sのメンバーが続々と集まっていた。
「私はμ‘sに入りたくて、でも自信がなくて…
そんな時に凛ちゃんと真姫ちゃんが背中を押してくれて、
そして穂乃果ちゃんたちが優しく受け止めてくれて…みんなありがとう…」
花陽も皆に感謝の言葉を口にした。さらに真姫も続く。
「私もそうよ、凛と花陽がいてくれたから…そして私を受け入れてくれた先輩たちがいたから…ありがとね。
毎日が楽しくて、音乃木坂に入って本当によかった…」
素直になるのが苦手な真姫も感謝を口にする。
そして真姫、凛、花陽の3人もステージへと上がる。
ステージ上に揃うμ‘sの7人。まさにμ‘sの奇跡と言っていい位だった。
だがまだ終わらない。タイミングを見計らったかのようにステージ裏から現れる2人の姿…
「あれから1年以上やもんね。本当に早いよなぁ」
その声に穂乃果が声を上げる。
「希ちゃん!」そこにいたのは絵里と希の2人だった。
皆が驚いた顔をしている。
「みんな今日来れなくてごめん。でも会いたくなって来ちゃったよ」
希は今日大阪から両親が来ていたので、音乃木坂の学園祭に来れなかった。
しかしいてもたってもいられなかったのだろう。
絵里に連絡して音乃木坂に来たのだ。
「まさかみんないるなんて…すごいね、μ‘s 9人揃っちゃった」
絵里の言葉に皆が笑顔でうなずく。
そして穂乃果が言った。
「何かね、私もここに来たらみんなに会えるような気がしたの。そしたらまさか本当にみんなそのっちゃうなんて凄いよね。
やっぱりみんな考えてることがわかっちゃうのかな」
その言葉に全員がうなずく。
さらに穂乃果は続ける。
「あれだけ多くの人が来てくれるようになったけど、やっぱり私たちにとってはここは特別で、ここがスタートなんだって思ったんだ。
あの日、μ‘sとしてスタートして、この場所には私たちしかいなかった。ここにいる9人しかいなかった。私にとってここは大切な場所なんだ…」
穂乃果の言葉を聞いて、自然と9人は手をつないでいた。
そして…「歌おうか」と言ったのは絵里だ。
希が続く。「μ‘s 9人で」
さらににこも続く。「μ‘s始まりの曲を」
3人がそう言うと誰がつけたのか分からなかったが、ステージ上に照明が入り、μ‘s始まりの曲であるSTARE DASHが流れ出したのである。
9人は誰もいない講堂のステージで歌って踊った。
そして9人で笑った。
全員が最高の笑顔であった。
「みんなありがとう…大好きだよ…」
自然と穂乃果はそういう言葉を漏らしていた。
μ's 9人の奇跡の物語。
そんな彼女たちを見守る姿がそこにはあった。
「フフッ…もう少しだけ開けておいてあげようかしら」
そうつぶやいて、理事長は講堂を後にした。
続く