小川 哲 著
カンボジアを正しい形に直す...
1956年、フランスから独立後、組織(オンカー)は三つの部分に分かれ、サロト・サルは合法部門を担当していた。
サルの仕事は民主党内部で共産党員として政党活動を裏から操ること、つまりスパイであった。
シハヌーク元国王は秘密警察にされたことを忘れぬよう、そして屈服させるために...
ある日プノンペンの街の郊外に住む郵便局員の夫婦の元に一人の男が現れ、女児の赤子を1日預かってくれという。
不審に思うが、赤子を預かる夫婦。
だが何日しても男は戻ってこなかった。
夫婦は娘にソリャと名付け養子として育てることに。
そのソリャは実はサルトサルの隠し子であった。
それから数年後、夫婦は共産党員の疑いにより、秘密警察によって処刑されてしまう。
クメール・ルージュと呼ばれるカンボジア国内の共産勢力の者は次々と摘発され処刑されていた。
たとえそれが真実だろうとそうでなかろうと。
ソリャは生き残るために身を隠して生活していくことになる。
一方ロベーブレソンという村にもムイタックという少年がいた。
彼は幼少の頃から天才児であり、言葉巧みに叔父を助けるなど。
その才覚は飛び抜けており、彼は戦争の始まりを予感していた。
そして1975年ソリャとムイタックは運命と言うべき出会いを果たす。
結婚式に出席したムイタックと兄の ティ ウン、ソリャの三人は出会い、そこでカードゲームに興じるが、全てはこの日ゲームをしたことによって始まるのであった。
そしてこの日革命が起きる。ロン・ノル軍の兵士を退け、クメールルージュがプノンペンを占領したのだ。
人々は喜ぶ。時代が変わると。だがそれは暗黒時代の始まりだった。
ポル・ポトが統治する時代。
個というものは全て存在せず、密告と虐殺という恐怖に支配され怯える日々だった。
それから数年の時が過ぎ... 成長したソリャは自分の理想を求めて、育ててくれた恩人を見殺しにし、ムイタックの村で起きた大虐殺に関わっていた。
ムイタックはそれを知りソリャを殺すと復讐を誓う。
決別した二人の天才。その運命とは...
この作品は歴史小説でもあり、ゲームと SF の要素が融合した作品である。
カンボジアという国について何の知識もなかったが、この作品によってカンボジアという国、内戦や大量虐殺があったという事実を知ることができた。
上巻は1950年代から1978年までのロン・ノル時代からクメール・ルージュが支配するポル・ポト時代へと移り変わるまでの激動の時代を描いている。
一方下巻では一気に時代は進み、2020年代。
ソリャが60代となり、政治家として理想の国家の実現のために格闘し、ムイタックは脳科学者として新しいゲームの開発をする教授となって物語は進んでいく。
上巻が歴史小説、下巻が脳科学を用いた SF 小説といった感じであるが、上下巻での内容の違いに驚いた。
全く別の作品を読んでいるみたいであったが、しっかりとした設定でひとつの作品としての完成度は凄い。
歴史小説とは言ったが、登場人物は嘘がわかるソリャ、天才で潔癖症のムイタックを始め、土と話せる男や輪ゴムで人の生死を予知する男、13年間喋らなかった男が突然美声で話し出したり、生まれて今まで綱引き以外に何も知らない男など、とにかく癖が強く個性的なキャラクターが多数登場し、物語に一層の厚みと面白さをもたらしている。
多様性と価値観の違いによって物事の見方は大きく変わる。
素晴らしい作品である。