音乃木坂図書室 司書
いきなり手渡された秋葉ダンスフェスティバルの用紙。
これは毎年夏に開催されているアマチュアによるダンス大会。
ダンスにはあまり詳しくない私でも、地元で開催されるので、その名前くらいは知っていた。
「お前たちにはちょうどいいだろう。レベルもそんなに高い大会ではないし、どちらかと言うとダンスを楽しむ目的の大会だからな」
「ちょっと待ってよ。なんで私たちがダンス大会に…」
「お前言ってただろ。プロのアイドルになると。アイドルっていうのは歌って踊って人を楽しませるものじゃないのか?人前で踊るのなんて当たり前だろう。それとも何か?お前の言っていたことは、口ばっかりで嘘だったのか?」
珍しくよくしゃべるって思ったけど…むかつく…言い方まじうざい…って心の中で叫びつつ、でもここで出ないって言ったら、なんだか負けのような気がした。
だから私は何の根拠もなしに言ってしまった。
「うるさいわね、上等じゃない!出て優勝してやるわよ!」
その瞬間、統堂さんは笑顔を見せた。
初めてかもしれない、この人が笑ったのを見たのは...
「そっかー、では期待しているぞ」と言って、彼女は私たちの元を去っていった。
「ツバサ本気?本当に出るの?私この大会知ってるけど、統堂さんが言うほどレベルが低い大会でもないよ」
「うん、言ったからにはね…でもあの人が言うことも一理あると思う。プロのアイドルになるなら、ダンスでも魅了できないとだよ」
私がそう言うと、あんじゅは笑顔でうなずいてくれた。
こうして私たちは、ダンス大会に向けての猛特訓が始まった。
毎日プロダンサーの練習を見学し、動きや身のこなし、体の使い方を学んだ。
そこから自分たちのダンスに昇華するように、練習に明け暮れた
最初は苦労したステップやターンも今では体に染み込み、確実に上達しているのが自分でもわかった。
でも…ダンスの練習を始めて、すでに2ヶ月、大会も1ヵ月後に迫った頃、私は何かが足りないと感じていた。
自分で言うのもなんだけど、ダンスはだいぶ上手くなってきた。
あんじゅとの息も問題ない。
だけど、何かが足りない。
その何かが私にはわからない。
きっと経験不足と言う部分が占める割合は大きいと思う。
だけど、それ以上に直感的な部分、技術的ではない部分での物足りなさを感じていた。
仕方ないので、不承不承だけど、統堂さんに私は相談してみることにした。
「それはセンスの問題だろう。残念ながらセンスは努力では埋まらない、諦めろ」。
何この女…改めてだけどむかつく…言い方ほんとまじうざい…私は怒り心頭で言い返してやろうと思ったけど、彼女は話を続けた。
「それぐらいで、いちいち怒りの感情を出すな。プロの世界では、これぐらいの厳しい言葉なんて当たり前だぞ。それを乗り越えられるかどうかだろう。そんなので諦めるぐらいなら、初めからその程度だったと言うだけだ。でお前たちはどうする?もう諦めるのか?」
「諦めるわけないでしょ?!馬鹿にしないでくれる!?」
私が声を荒らげて言うと、なぜか彼女は笑っていた。
やっぱりこの人よくわかんない…少し変だよね…とは言わないけど、私もそう思った。
「そうか。じゃぁ私がダンスを教えてやる。残りの1ヵ月で徹底的に鍛えてやるぞ」。
やっぱり私にはこの人の考えてることがよくわからない…諦めろと言ったり、ダンスを教えると言ったり…でもそれは願ってもないことだった。
きっと統堂さんなら私が感じていた不足している何かを補ってくれると思った。
実際にこの人のダンスを何回か見たけど、同じ中学1年生とは思えないレベルだったし、私たちにはプラスにしかならないと思う。
こうして私は、今までと変わらずぎくしゃくした関係だったけど、(あんじゅは割と普通に統堂さんと話をしているのはなんでだろう…)ダンス大会向けての特訓はさらに加速していった。
その過程で1つ、嬉しいこともあった。
統堂さんの提案で、実際の曲で踊ったほうがいいと言われて、私が作曲した曲でアイドル活動をするのと同様の練習をすることにした。
そこで統堂さんが私の作った曲を褒めてくれたんだ。
私が作った曲って知らなかったとは言え、この曲いいなと言ってくれたのが素直に嬉しかった。
そしてそれからも、私たちは練習に励んだ、
3人でのダンスは息もぴったりで、大会が近づく頃には、完成度もかなり高くなっていた。
でもちょっと待って…ふと気づいたんだけど、3人でのダンスっておかしくない? 3人って何?
確かに統堂さんはダンスの指導もしてくれたし、彼女の考えた意外性のある動きの振り付け、そして3人になったことによるダイナミックな動きは、私が感じていた足りないものを補って余りあるものだった。
でもこれ以上…
で、私たちは3人のチームで3人で大会に出るような感じじゃん…
だから一応私は確認してみた。
「あの、統堂さん、気のせいだったらいいけど、もしかしてダンス大会って私たち3人で出るのかなあ…かな?」
この質問には統堂さんも少し思案顔だった。
「うんうん。それなー。そんなつもりはなかったんだが、気がつけば私がいる前提での振り付けになっているよな。私としては別にどっちでも構わないんだが、それはお前たちに任せる」
と言われましても…今更2人での振り付けに戻してやるような時間もないし、私としてもこのまま3人で出たほうがいいとは思うけど…
やっぱり私、この人少し苦手なんだよね…て思っていたらあんじゅが言った。
「えーっ、今更2人とかありえないでしょう。3人で、出ようよ」
あんじゅは私と統堂さんをつなぐ良いアクセントなのかもしれないね。
あんじゅの言葉に統堂さんも“それでいい“と納得していたし、私としてもそれがベストだろうと同意した。
「ところで何と言う名で参加申し込みしたんだ?」と統堂さんが質問してきた。
ふふふ、やっぱり一緒に出るとなると、彼女もチーム名が気になるみたい。
これは私が考えた自信あるチーム名よ、教えてあげようじゃないの。
「私たちのチーム名はサンライズよ」
「おお、かっこいい!素敵な名前だ!最高に生かすな!」
統堂さんが称賛する声が聞こえてくる…事はなかった。
「サンライズ?なんだその絶妙に何とも言えない名は。日は昇るってなんだよ?センスを感じないなぁ」
全否定しやがったよ。こいつ…これから本当に同じチームでダンス大会に出ようと言うチームメイトとは思えないんだけど…
どうしたら齢12でこうも変な性格になっちゃうんだろう…
「う、うるさいわね!ほっといてよ。!」
「アハハハハ、はぁー、センスないなお前は。サンライズ、日は昇るってなんだよ…ハハハハハッ」
声に出して笑うことないでしょうに…いくら私でも大笑いされたら、多少はヘコむじゃんか…でも…統堂さんがこんなに楽しそうに声を出して笑っているのを初めて見た。
もともとが可愛い顔してるんだから、いつも笑っていればいいのに。
後に私はあんじゅから聞いたんだけど、彼女は小さい頃からダンス漬けの日々で、あまり友達と過ごすと言う時間はなかったって聞いた。
なんとなくだけど、私は彼女のことが理解できた。
私も小さい頃から習い事や勉強ばかりで、あまり友達といられることが少なかったから。
でもだとしても、なんでこうもひねくれた性格になっちゃうのかは私にはわからないけど、
とりあえず同じチームメンバーだし、私は言ってやったんだ。
「今度の大会で私たちが優勝したら、あんたもサンライズの正式メンバーに入れてあげてもいいわ。!」
アイドルに興味は無い、目指す世界が違うと言った統堂さん。
だけど…もし…もしもだけど、彼女がメンバーに加わってくれたら、私たちはもっと成長できて、より高いレベルの次のステージへ、そしてさらにはもっとその先へ上へ行けるんじゃないか…私はそう思ったんだ。