音乃木坂図書室 司書
あんじゅと一緒にアイドル活動を始めた。
とは言っても具体的に何かを始めたわけではなかった。
スタート直後はあまりにも漠然としていて、何をすればいいのかも、よくわかっていなかった。
とりあえずわたしとあんじゅは人気アイドルの振付をまねたりしてみた。
でもすぐに気づいた。
これじゃ遊んでいるだけだった。
なので私はあんじゅと話し合い、完全にオリジナル曲を作って活動しようと言う事になった。
幸いな事に、私は幼少の頃からピアノを習っていたので、曲作りに関しては苦労しなかった。
むしろ私としては得意ジャンル。
アイドルっぽい曲が次々と頭に浮かんでいた。
作詞も、あんじゅが文章を考えるのが得意だったから苦にはならなかった。
衣装をつくろうとなったとしても、お互いアイドル好きで、可愛い衣装のイメージはできるし、センスはおいておいて裁縫はできるから大丈夫。
何とかなるはず。
でも...一番の問題は振付だった。
私もあんじゅも踊りの経験はない。
振付を考えても、どうしても好きなアイドルの物まねみたいになってしまう...
それじゃあ自分たちのオリジナルとは呼べない。
さて、どうしようかと私が悩んでいた時にあんじゅが言ったんだ。
「ねぇツバサ、隣のクラスの統堂さんって知ってる?」
「えっ、誰それ?知らない」
私は始めて名前を聞く人だった。
「統堂英玲奈さん。私も聞いた話だけど、統堂さんはダンスをやっているから、私たちと同じように自己研鑽部に入って外で活動してるんだって」
なるほど...あんじゅの考えが読めた。
「へぇーそうなんだ。ちょっと隣のクラス覗いてこよっと」
私はそう言ってあんじゅと隣のクラスへ向かった。
「ねぇあんじゅ、どの子がさん?」
「えーっと...あれっ、統堂さん居ないな...」
とその時、私たちは背後から声を掛けられた。
「わたしに何の用だ?」
そこに立っていたのは、まさに今話題にしていた統堂さんなんだけど...
私は彼女の口調に少し違和感を覚えた。
「あっ、いや...統堂さんがダンスやってるって聞いたから...」
「あぁ、ダンスはやっているぞ。お前たちもやっているのか?」
はっきりした、違和感の正体。
きれいな顔立ちで中学1年生にしてはスタイルも良い。
でもその口調が見た目とは裏腹で男性っぽかったんだ。
「私たちはダンスっていうか、アイドル活動をしてて、それで踊りや振付があるんだけど...」
「そうか、アイドルか。頑張ってくれ。じゃ」
と言って統堂さんは自席に戻ってしまった。
その言葉から察するに、アイドルには全然興味がないといった様子だった。
「あちゃー、何も言ってないのに振られちゃったねぇ」
あんじゅの言う通りかもしれない。
でも私はチャンスだと思った。
とりあえず、自分の存在を認識してもうらう事はできたし、これぐらいで諦めるわけにはいかない。
その後、私はこっそりと隣のクラスの子たちに統堂さんの事を聞いてまわった。
そこでわかった事。
統堂さんの両親は昔、プロのダンサーだったという事。
それこそ有名な人のバックダンサーを務めたりしていたみたいで、現在もダンススクールをやっているという事。
統堂さんもプロのダンサーを目指しているらしい。
その実力は折り紙付きで、多くの大会で賞を取っているぐらいとの事。
ダンスについての情報はそれぐらい。
統堂さんについては...特定の仲の良い友人という存在はいないみたい。
とはいえ、クラスメイトとは男女を問わずに普通に話したりしているそう。
でも、基本は一人でいる事が多いみたい。
うーん...私が言うのもなんだけど、ちょっと面倒臭そうな気がする...
統堂さんをさぐる日々がそんな感じで数日。
私的には内偵のつもりだったんだけど、そこは噂好きの女子中学生。
あっという間に、私が統堂さんを探っているという事が、本人の耳に入ったみたいで、ある日の休み時間に私は統堂さんに呼び出された。
指定された渡り廊下に行くと、たたずむように立っている統堂さん。
一瞬見惚れちゃった。
だって風で髪が靡いた横顔がとても綺麗だったから...
私に気づいた統堂さんが距離を縮めてきて、私の前にたって言った。
「お前、私のこと探っているらしいな。何が目的だ?」
何でこの人はとても可愛いのにこんな喋り方なんだろう...
女の子と話をしてる気がしないと言う思いは置いておいて、私は事実をそのまま話した。
「前に私がアイドルをやってるって言ったでしょう。ただ、私たちはダンスの経験がないから、振り付けを考えるにはどうしたらいいかと思って、そこで統堂さんがダンスをやっているって聞いたから、…」
少し話がしたいと思ったのと言おうと思ったら、統堂さんが割って入るようにしていた。
「悪いが、私はアイドル何かに興味は無い。私はプロのダンサーになるんだ。プロのダンサーになって、何万人もの前で踊る。それが私の夢だ。だからお前たちにかまっている暇なんてない」
その言い方に私はかちんときてしまった。
別にダンスを教えて欲しいってお願いしたわけじゃないのに、
(本当はそのつもりだったけど)何より、アイドルを否定されたような気がしたから。
「あなたがアイドルに興味あるかどうかなんてどうでもいい。ただし1つだけ言わせて。私も本気でアイドルやってるから。もちろんプロのアイドルを目指して。何万人もの前でアイドルとして活躍する。それが私の夢よ!」
私がそう言うと、統堂さんはしばらく黙っちゃったんだけど、少しの間を置いて行った。
「放課後校門で待ってろ」
それだけ言い残して彼女は教室に戻ってしまった。
そしてその日の放課後、私はあんじゅと校門で待っていたら、私たちに遅れること10分、統堂さんがやってきた。
何を言われるのかと少し構えていたけど、彼女は“ついてこい“と言うだけで、それ以外の説明もないまま歩いて行ってしまった。
とりあえず私たちは統堂さんについて行った。
上野にある学校から隣町の御徒町まで歩くこと、約10分。
「着いたぞ」と、統堂さんが言った。
私の家の前にあるものは…
「ここって…ダンススタジオ?」
「あぁ、私の家だ」
統堂さんは私たちを自宅のダンススタジオへ連れてきたんだ。
彼女の考えがよくわからない…。
私たちにはまるで興味ないみたいに言ったかと思えば、自宅に連れてきたり…寂しがり屋なのかな。
「ねーこれはどういうことかな…?」
すると彼女は私を見つめていた。
「お前言っただろう。プロのアイドルになると。目指しているものは違うが、その心意気は気に入った。
だから、ここで見てまなべ。ここはプロのダンサーも来る。何なら家で練習したって構わない。
人から教わるのも良いが、まずは自分の目で見ろ。そして盗め。良いと思った事は自分に取り入れる。じゃぁ、後は自由にしてくれ。またな」と言って彼女は去っていった。
自分が思っていたのと違うけど、これは大きなチャンスかもしれない。
そしてこの日から私たちは、毎日統堂さんの家で、プロのダンサーの踊りを見て学ぶ日々が始まった。
それから1ヵ月。
毎日統堂さんの家に来ているのに、スタジオでも学校でも彼女はそっけなく、軽い挨拶をするだけで、一向に私との距離は縮まらなかった。
コミュニケーションを取ろうと私が話しかけても、“あぁ“とか“そうだな。“と言う短い返事が返ってくるだけ。
私は内心、”この子コミュ症?”って思っていた。
だけど、それは別にして、彼女のおかげで私たちはダンスを学び、上達していくのが実感できて、充実した毎日だった。
そんなある日のこと。
スタジオでプロダンサーの練習を見学していた時、統堂さんが1枚の紙を持って私たちのもとにやってきた。
そして「これに出ろ」とぶっきらぼうに言い放った彼女が持っていた紙を私にぐいっと押し付ける。
その紙にはこう書いてあった。
“アキバ・ダンス・フェスティバル、“と。