音乃木坂図書室 司書
練習を終えて別荘へと戻ってきた9人。
遊びと練習でかなり疲れているだろうが、まだまだ元気に溢れている。
リビングのソファーに腰掛けて穂乃果が大きな声で言う。
「お腹すいたねーご飯まだ?」
その言葉にやや引き気味で海未が言う。
「穂乃果…練習したとは言え、あれだけ海未の家でいろいろ食べてたのに…あなたのお腹は4次元ポケットですか…」
「だって、練習したらお腹空いちゃったんだもん。花陽ちゃん!」
突然振られた花陽は少し戸惑う。
“穂乃果ちゃんの中では私は同類なんだなぁ…“と思うと、少し悲しくなる花陽だった。
「う、うん…でも私はまだ大丈夫だけど…」
「えー、うそだぁぁー。白米モンスターの花陽ちゃんがお腹空かないわけないじゃん!」
「はっ、白米モンスターって…穂乃果ちゃん、ひどっ…」
「ねぇ、お腹すいたよー。早くご飯にしようよー!」
そう騒ぐ穂乃果。だがすぐにご飯と言うわけにはいかない。
西木野家の好意により、シェフが帯同してくれることもあるが、基本的には合宿の時は自炊しないといけないのだ。
つまりは誰かが作らないといけない。
そんなわがまま穂乃果に、業を煮やしたかのように、にこが立ち上がった。
「もううるさいわね穂乃果は!騒いだってご飯が出てくるわけないでしょうが!あんたはいつも食べるだけだけどいつも誰かが作ってるのよ!ほとんど私だけど!」にこがそう言うと、穂乃果は甘えたような声で言う。
「お願いにこちゃーん、ご飯作ってー」
「ふんっ、そんな猫なで声出しても無駄よ!」
「私はにこちゃんの作ってくれるご飯が大好きなの」
「ずいぶん調子いいこと言うじゃない穂乃果」
「にこちゃんのご飯おいしくて大好き」「そんなの当然じゃない」
「私はにこちゃんが大好きなのー」
「もうしょうがないわね!お腹を空かせたかわいい後輩のためにご飯作ってあげようじゃないの。少し待ってなさい!その間にみんなお風呂済ませちゃいなよね。あ、ことりは悪いけど手伝ってもらっていい?」
「うん、いいよ。お茶飲んだらキッチンに行くね」
合宿で自炊をする際は、大体にこが用意するのだ。
にこは料理が得意である。ただし、いつも今日みたいに皆におだてられて気分が良くなって自分から進んでやってくれるのだ。
にこ以外にはことりと希も得意で、海未や絵里もそこそこと言う具合である。
にこはことりを料理のパートナーに指名し、2人はキッチンへと向かった。
にこは早速、料理を始めるべく、食材をチェックし準備をする。
手際よく準備するにこを見て、ことりは笑顔で行った。
「にこちゃんはお母さんみたいだね。きっと将来いいお母さんになるんだろうなぁ」
「突然何言ってんのよことり。そんな先のことなんてまだわからないわよ」
「そんなことないよ。にこちゃんは優しいし、面倒見もいいし、小さい子も好きで、絶対いいお母さんになるよ」
ことりの言葉を聞いて、少し照れた素振りを見せるにこ。
「ありがとねことり。ねぇことり…」
そこでにこは一瞬言葉を止めた。
何かを感じたのだろう、ことりはにこに尋ねる。
「どうしたの、にこちゃん?」
「いやね。ほら、ことりももう3年生じゃないの。そろそろ進路は決めたのかなぁと思って…」
「……………」
にこの言葉にことりからの返事は無い。
しかし構わずににこは続ける。
「ことり、海外留学するんでしょ…?」
「えっ!?どうして…」
にこの言葉にことりは驚きを隠せなかった。
まだその事は誰にも言ってなかったのだから。
驚くことりににこは言う。
「なんとなくだけど私はそう思ってたから。
だって海外留学はことりの夢でしょ?」
昨年は結局いかなかったけど、ことりは留学してファッションデザイナーになりたいっていうのはわかってるもの。
こう見えても私も色々と考えているし、周りのことも見てるつもりよ。
この時期になって、ことりが進路のことで考えたりしているのが、私にはわかったから。」
これは誰よりも後輩のことが好きで、卒業後も毎日のように音乃木坂に通っていたにこだからこそであろう。
自分の家族以外知らないことで、幼なじみの穂乃果と海未にすら、まだ言ってないことをにこはなんとなく察知していたのだ。
「にこちゃんはすごいね、まだ誰にも言ってないんだよ?うん、にこちゃんの言う通りだよ。高校卒業したら今度こそ海外に留学するんだ。
でもね、まだ留学先が正式に決まっていないからみんなには言ってなかったの…にこちゃん、まだみんなには言わないで…特に穂乃果ちゃんには…今回はちゃんと決まったら、自分の口から1番に伝えたいから…」
「うん、わかってるよ。穂乃果と海未ちゃんにはちゃんと伝えてあげなさいね」
「ありがとうにこちゃん…」
「ことりがんばってね。応援してるからね。それとね、ことりが海外留学して、どんなに離れたとしても、私たち9人はずっと一緒だよ」
そこには優しい姿をしたにこがいた。
かつて真姫にも見せた優しい先輩のにこである。
改めてにこは後輩思いの優しい先輩であると同時に、μ‘sの中の年長組であり、こういうときには普段とは別人のような姿を見せるのであった。
「うん…にこちゃんほんとありがとね…」
ことりの目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。
卒業後は海外留学を決めていたことりは、にこの言葉は驚きであるとともに、とても力強いものだった。
自分を理解してくれる人がいて、支えてくれる人がいて、本当に素晴らしい仲間に恵まれたなぁと思うことりであった。
そんな会話をしながら夕飯の準備を進める2人のもとに、お風呂から上がった絵里と希がやってきて声をかける。
「ああ、いいお風呂だった。にこ、ことり、後は私と希でやっておくから2人もお風呂に行っておいで」
「2人ともご苦労さん。さすがにこっちとことりちゃんやね。おいしそうなご飯がこんなにも出来とるなんて」
にことことりは絵里と希と入れ替わるようにして2人して風呂へ向かう。
その時の2人の笑顔はいつもよりも印象的であった。
こうして2泊3日の合宿初日を順調に終えた9人だった。
続く