音乃木坂図書室 司書
「ツバサのパワーはスピリチュアルやね…」
「ええそうね。ちょっと意味がわからないけど、ハラショーだわ…」
ツバサの乗った車が去っていった方向を、もう車はいないにも関わらずに見続けながら呟いた二人であった。
「えりち、うちらもそろそろ帰ろっか」
「うん、そうだね…」 気のせいか少し寂しそうな二人。
やはり二人にとってはツバサに再会したことは大きな出来事だったのだろう。
学生をやりながらプロのアイドルとして活動するツバサの姿を目の当たりにして、お互いに思い至るところがあったのである。
自分たちが選ばなかった道を選んだツバサとA-RISE。
口に出して言ってしまえば、どれだけ楽だったろうか。
本当はμ'sがやりたかった。 μ'sを続けたかったと。
絵里も希も心の中でそう思っていたのだ。
だけどそれを今言うことはできなかった。
だって、あれだけ苦労してみんなで決めたことなのだから…そんなお互いの空気を読んでか、希は明るい口調で絵里に話しかける。
「さてと、これでうちらも今日から大学生やね。
これからもよろしくね、えりち。
それにしてもえりちは随分と人付き合いがうまくなったよね。
ツバサのことは知っているとはいえ、あんなに仲良さそうに話せるなんて思ってなかったよ」
「そうかしら?自分ではよくわからないけど…でもツバサはすごい話しやすいよね。ちょっとうるさいけど」
昔の(と言ってもほんの1年前)絵里を知っている希としては、今の絵里がどれだけ以前と変わった顔でずっと間近で見てきたのである。
それだけ絵里は変わったのだ。
μ'sに、あの仲間たちに出会ったことによって…以前だったら話したとしても、それは上辺だけであって、仲良くなったりなどしなかっただろう。
それだけ、この一年は絵里にとって大きなものであった。
また、それは希にしても同様であった。
人付き合いはうまい希も、転校が多かったせいで、小さい頃から周りとは一定の距離を置いていた。
それは自分を守るために、離れてしまった時に傷つかないようにするためにである。
それが自分のスタイルとなっており、高校でも絵里以外の人とは常に一定の距離を置いていた。
でもμ'sに出会ってそこに加わって、初めて自分を本当の自分を晒すことができて、こころから周りを受け入れられるようになったのである。
それだけ二人はこの一年で変わったのである。
「それにしてもツバサはすごいよね。プロのアイドルをやりながら学生も両立するって相当大変やろうね。
でも大人気のプロアイドルと友達っていうのはちょっと嬉しいかな」
「うん、すごいよね。私もツバサと友達になれてよかった」
2人ともツバサと仲良くなれた喜びと同時に、自分のやりたいことを両立してやろうとする姿に、うらやましさに似た感情を覚えていた。
明るく希が話すものの、自然と口数も少なくなっており、会話に間ができてしまっていた。
ふたりは駅へ向かって歩いているが、お互いに何かを考えているかのようで、足取りも少しばかり重い。
そんなしんみりとしてしまった空気を嫌うかのように穏やかな声で絵里が言った。
「ねえ希、今日この後、久しぶりにパフェ食べに行こうよ」
絵里の好物はチョコレート、中でも特にチョコレートパフェが大好物であり、二人には行きつけのお店があった。
「ええやん、久しぶりにいつものお店行こっか」
アキバに戻った二人は神田川沿いを歩いていた。
神田川沿いにある桜はほぼ満開になっており、着物姿の二人と相俟ってとても絵になっていた。
都会の喧騒の中にある美しい自然というのは、とても心が安らぐものである。
桜を眺めながら歩く二人。 いつものお店へと向かう。
そこは神田川沿いに建てられたレンガ造りの趣のある建物であり、昔からある少しレトロなカフェである。
歩きながら希が呟いた。
「やっぱり電気街では今でもうちらの映像が流れとるんやね」
絵里は頷いて希に言う。
「そうね。ニューヨークでの PR ライブの時、アキバはかなり凄いことになったって今でも亜里沙に言われるし、サニソンライブでも相当盛り上がったもんね。
実際に今もこうしてμ'sのムービーが流れてて…」
ニューヨークの PR ライブ… それはつい半月ほど前のこと、卒業式の日に音乃木坂に届いた知らせであった。
内容はスクールアイドルをPR するためにニューヨークでライブを行うというものだった。
ラブライブ優勝を果たしたμ'sに突然舞い降りた話であったが、スクールアイドルのPR と今後の発展のためにと9人は快諾し、μ'sの9人はニューヨークへと飛んだのである。
そしてμ'sはニューヨークでライブを行った。
ニューヨークの名所を用いての美しい映像効果と、μ's9人の息の合ったライブぱそーマンス、真姫による素晴らしい楽曲と、すべての相乗効果により、これ以上ないと言えるほどの最高のパフォーマンスを披露したμ's。
その模様は日本とアメリカを始め、世界数カ国においてライブ配信され、一躍日本のスクールアイドルという存在が世界へと発信されたのである。
それを機にスクールアイドルとして日本である程度知られていたμ'sが、日本中でそして世界においても一気に有名人となったのであった。
スクールアイドルからプロになったA-RISEやμ'sのこうした活躍もあり、ラブライブは一気に知名度を上げ、次回大会ではその規模を大きく広げ、アキバドーム大会開催が確実とまで言われている。
しかし、そんな人気とは対照的にμ'sは当初の予定通り3月いっぱいをもって、活動に終止符を打ったのであった。
だが今でもアキバの至る所でμ'sのライブ映像が流れているのだ。
またスクールアイドルのファンの中にはいわゆるμ'sロスに陥っている人も多くいるらしく、いつの日か再びμ'sが復活してくれることを望んでいる人は数多くいるのであった。
「うちらって結構人気あったんやね」
「そうね、それは間違いないわよね…」 改めて二人はμ'sの人気の凄さを、そして自分たちが成し遂げたことの意味をかみしめるかのように実感していた。
続く