音乃木坂図書室 司書
今日は平日、金曜日である。
本来であれば大会は土日に開催されるものなのだが、今大会は日程の都合上、会場を抑えるのが大変だったのだろう。
しかし、平日にもかかわらず、会場は多くの人で溢れていた。
さすがは、今大人気なスクールアイドルである。
ちなみに音乃木坂スクールアイドル部一同は、部活動の公式な大会への参加と言うことになっており、教員が引率する決まりだが、スクールアイドル部に顧問はいない。
そのためにスクールアイドル部とともに、今日会場へと来たのは理事長であった。
「今日は平日なのにずいぶん人が多いのねぇ。みんな学校はどうしたのかしら?」
その答えは単純である。みんなサボっているのだ。
出演及び関係者以外は、皆学校をサボって応援観戦に来ている。
つまりそれだけ、このライブを生で見たいと言う人が多い、注目度の高さがうかがえると言うことだろう。
最後尾にいる理事長はそう言いながらも、とても楽しそうである。
自分の娘がμ‘sとして活躍していたのもあるが、それ以上に理事長は誰よりもスクールアイドル部を理解し、ずっと応援していたのだ。
グループの先頭を歩くことりが海未に言う。
「いよいよだねぇ最終予選。あの3人のライブ楽しみだね」
「そうですね。いつも通りのパフォーマンスができれば大丈夫でしょう。
誰よりも努力してましたからあの3人は。きっとやってくれますよ」
「うん、そうだね。学校以外でも穂乃果ちゃんの家で練習や打ち合わせしてたもんね」
誰よりも近くで、3人の努力する姿を目のあたりにしてきた。
そんな彼女たちを知っている先輩としても期待せずにはいられなかった。
また、それ以上に後輩がラブライブの大きな舞台で活躍し、ライブを楽しんでほしいと望んでいた。
そんな2人の会話に2年生も加わる。
「最終予選か…懐かしいわね。私たちの時の最終予選は本当にどうなるかと思ったからね」
真姫が言った。
それにことりが答える。
「あの時はねぇ、本当に大変だったなぁ…もしかしたらだめかもしれないって頭をよぎったもん」
「まさかの大雪だったもんね。穂乃果ちゃんとことりちゃんと海未ちゃんが、ライブ本番に間に合わないかもしれない状況だったもんね。
先に現地入りしていた私たちも不安だったから…」
と懐かしむように言ったのは花陽である。
当時μ‘sはラブライブ東京都最終予選へと進出していた。
だが当日は、前日より振り続いていた雪が、やまないどころか、さらに勢いを増して降り積もってしまった。
生徒会の穂乃果、海未、ことりは学校説明会のため、音乃木坂にて仕事をこなしてから最終予選の会場へと向かうことになっていた。
通常なら歩いてもそれほど時間のかかる距離ではない。
しかし一向に雪が止む事はなく、電車、バスといった交通機関は全てストップし、雪に慣れていない都会ならではである、車も走れないような状態となってしまったのだ。
だが3人は行かないわけにはいかない。
こんなことでμ‘sが最後になってたまるものかと言う思いで、徒歩で会場まで行く決心をする。
しかし自然の力は強力であった。
降りしきる雪、吹き荒ぶ風、足元には積もった雪、視界すらままならない状況…思ったよりも状況は悪かった。
3人の脳裏にはライブ会場に間に合わないかもしれないと言う思いもよぎっていた。
いやあのままであったら確実に間に合わなかっただろう。
そんなμ‘sの窮地を救ったのは音乃木坂の生徒だった。
穂乃果たちのクラスメートの呼びかけに、音乃木坂の在校生全員が応じたのである。
3人のために滑り止めのついた長靴を用意し、会場までの長い道のりを全校生徒が協力して除雪したのだ。
そんな大勢の思いに応えるかのように、雪も降り止んで、その結果会場まで山には走って行くことができた山にあったのであった。
穂乃果を始め、μ‘sのメンバーがよく口にしている“μ‘sはみんなの支えがあったから“と言うのは、こういうことなのである。
1人ではできないことでも、みんなの力があればできる。
それを証明してきたのがμ‘sなのだ。
花陽に続くように穂乃果が言う。
「うん、ぶっちゃけ間に合わない、もうだめだーって思ったからね。
でも学校のみんなが私たちのために協力してくれて、会場にたどり着くことができて… μ‘sのみんなの顔が見えたら嬉しくて、涙が止まらなかった…
あの時は本当にμ‘sをやっていてよかったって思ったよ」
「そうだったね、本当にもうどうしようかと思ってたもん。
最悪凛たち6人だけでやるのか、それとも出演を中止するか…
冷静なあのえりちゃんが珍しくかなり焦ってたもんね」凛が言った。
皆がうなずき、その言葉に真姫が反応する。
「確かに絵里はいろいろな意味で焦ってたわね。
3人が到着したときに誰より安心した感じだったけど、穂乃果に抱きつかれて、安心した表情が一気に崩れたもんね。
あれは焦るよね、だって…」
「ほのかちゃん鼻水垂れまくりだったにゃー!」
大きな声で凛が言った。皆が思い出したように笑う。
「ねぇちょっと!真姫ちゃん、凛ちゃん、その話はやめてよ!」
少し恥ずかしい昔話をされで米をしかめる穂乃果だったが、追い打ちをかけるように海未が言う。
「抱きつかれた絵里がドン引きしてましたからね」
多少そんな気配もあったが実際には穂乃果を優しく受け止めていた絵里であったが…今日この場に絵里はいない。
後輩に言いたいように言われていた。
「海未ちゃんまでそんなこと言わないでよー!」
「だって絵里がヒィて悲鳴あげてたじゃない」真姫が言った。
「穂乃果ちゃん、大号泣だったけど、絵里ちゃんもコートに穂乃果ちゃんの鼻水がついてないきそうだったよね」花陽が言った。
基本的に話は事実だが、絵里に関してはだいぶ捏造されているような感じである。
「はい、その話はもう終わり!」切り上げるように言う穂乃果だが、海未、真姫、凛、花陽の4人は声をあげて笑っている。
そこへことりが割って入った。
「みんな笑わないでよ。穂乃果ちゃんはいつも全力なんだよ。だから鼻水も全力なの。
全力すぎて鼻の中に収まっていられなかったんだよー」
穂乃果をフォローしたことりだが、ある意味一番ディスっている気がするのは気のせいか…
そんなことりが1番楽しそうに笑っている。
5人にネタにされた穂乃果は、すねて他の1年生とともに、先に会場へと入っていってしまった。
それを見て真姫が言う。
「あーあ、ことり責任と言いなさいよね」
「なんで私?大丈夫だよ、いつも通りだもん」
そう、これは6人にとっていつものことなのだ。
穂乃果と花陽はにこなき今、よくいじられているのである。
そんなこんなで全員会場内に入り、観客席へとついたのだが、音乃木坂応援席周辺はざわついていた。
μ‘sの存在に気づいた人が騒ぎ出したのだ。
しかし当の6人は気にしない。
すっかりこの何ヶ月かで慣れたものであった。
そこで穂乃果がつぶやく。
「ひどいよみんなみんなでよってたかって…ばか…」
どうやら穂乃果は先程の会話をまだ気にしているらしい。
6人だけならまだしも、周囲には1年生や他にも多くの人がいる中で、自分の恥ずかしい昔話をされてショックだったようだ。
完全にすねている。
このままだと面倒なことになると、ことりは悟る。
「ごめんね穂乃果ちゃん」
そういったことりは穂乃果を抱き寄せて頭を撫でている。
そしてバックからあるアイテムを取り出す。
それは穂乃果の大好物、ポテトチップスの新商品、辛子高菜わさびマヨバーベキュー味だった。
その瞬間、満面の笑みを浮かべる穂乃果。
単純である。そして用意周到のことりはさすがである。
μ‘sの存在に周囲がざわつく中、穂乃果のポテトチップスをほおばる音が響いていた。
続く