音乃木坂図書室 司書
耳聡いにこである。
自分の事を話していることりと希の会話を聞き取ったにこは、希に対して食ってかかった。
「ちょっと希、何よにこっちウィルスって!失礼ね、人をばい菌みたいな言い方しないでくれる!?だったら希も私のラブニコウィルスに感染するがいいわ!」
といって、にこは希の背後に回りこみ、希の必殺技のワシワシマックスを仕掛けようとする。
遂ににこのリベンジが成功するかと思った刹那、”すっ”と希は躱して反撃した。
「フッ...甘いなにこっち。くらえっ、ワシワシマックス・零式!」
それは一瞬の出来事だった。
目の前にいたはずの希が視界から消えたと思ったら、次の瞬間にどこから攻撃されたかもわからずに、ワシワシの餌食となるにこだった。
「ギャァー、やめて希!ごめんなさい...」 見事に撃沈するにこである。
それにしても希のワシワシマックスはどれだけのバリエーションがあるのだろうか...
「まだまだやな、にこっち。これでうちの45連勝やで。出直してくるがよい」
「うぅ...すいませんでした...」 矢澤にこ、今日も希に完敗である。
それを見ていた真姫が、駅のホームに倒れこむにこに言葉をかけた。
「にこちゃん弱っ...っていうかさ、にこちゃんが希に勝てるわけないじゃん。それとにこちゃんの方がよほど子供っぽいじゃないの。
少しは大人になりなさいよ。 それに何でそんなに変装してんのよ。ツッコミ所が多すぎでしょ」
すかさず起き上がり、まるで何もなかったかのように身なりを整えるにこ。
「うるさいわよ真姫、だまりなさいよ!あんた達はアイドルとしての自覚が足りないのよ。
私たちはトップアイドルなのよ。変装ぐらい当然じゃないの!」
都会であればにこの言うこともわからない訳はない。
だがここは自然に囲まれた場所、今いるのは無人駅、μ'sの9人以外は誰もいない。
「えー?凜たち以外誰もいないのに意味ないじゃん」
そう言う凜に対し、にこは噛んで含めるように言う。
「全然わかってないわね。見られてないからこそ、気を抜いたらダメなんじゃないの。そうね...たとえるなら料理と同じよ。どんなに美味しいものでも盛り付け一つで変わるでしょ。それと一緒よ。わかった?これからは私を見て勉強なさい、凛」
「うーん...にこちゃんの言ってる事がよくわからないにゃ...」
「もう、凛ってばあんたバカ!?とにかくね、先輩の私の言う通りにしてればいいって事よ!」
「うー、バカなにこちゃんにバカって言われたにゃ」
「ちょっと凛、あんたってばねー!」 そこに背後からにこの首根っこをつかむ真姫。
「にこちゃんたらうるさいわよ。ほら、バス来たわよ。これ逃したらまた30分以上バス来ないんだから早く行くわよ!」
目的地の駅に着くやにぎやかな9人であるが、その気持ちはよくわかるものだろう。
久し振りにこうして9人での遠出なのだ。
目的は合宿であるものの、仲の良い9人がたのしい気分になるのも致し方ない。
真姫に促され、バスに乗り込む9人は、まるで仲の良い姉妹が旅行に来ているかのように楽し気であった。
バスの中でも彼女たちのお喋りが止まることはない。
「ねぇ、真姫ちゃんの家って何件別荘持ってるの?」
皆が気になっていた事を何気なく尋ねる花陽。
「えっ、よくわかんないわね...私が行ったことあるのは7~8箇所だけど...伊豆に軽井沢に白馬に...あとどこだったかな...海外にあるのも含めると10件以上はあると思うけど...」
真姫の言葉に皆が驚く。
実際皆は真姫がお金持ちというだけで、どの程度のものかまでは知らなかった。
自分でもよくわかってない真姫。
改めて西木野家の凄さを思い知る事になるが、真姫は決してお金持ちぶったり高飛車になったりする事はなく、むしろ皆と過ごす庶民的な日常の方が好きなのだ。
ただ、唯一の欠点とも言えるのが、やはり買い物等での金銭感覚が違うところだろう。
だが、そんなことは関係なく、皆真姫の事が大好きであった。
そこへ真姫の事を誰よりも好きと言っても過言ではないにこがいう。
「へぇー、真姫の家もなかなかやるじゃないの。まぁ今の時代は別荘の1件や2件持っててもおかしくないわよね。私の家のウォータフロントとかアロハリゾートとかもそうだし...」
相変わらず見栄っ張りで負けず嫌いなにこ。
何となく聞こえの良い言葉を並べただけである。
もちろんそれをわかった上に真姫はにこに尋ねた。
「ふーん、アロハリゾートって事はハワイに別荘あるんだね。私の家もハワイに別荘あるんだけど、にこちゃんの家の別荘はどこにあるの?うちの別荘はホノルルだけど」
真姫にふられたにこはドキッとしていた。
もちろんハワイに別荘なんてないし、ハワイに行ったこともないにこである。
剰え、ハワイの知識すら殆どない。 にこの頭の中はややパニック状態であった。
素直に別荘などないと言えばそれだけで済む話なのだが、自分から話をしてしまった以上、後には引けなくなっていた。
中途半端なプライドのせいで、自ら墓穴を掘る事が多いにこを見て楽しむかのような真姫である。
とりあえずにこは誤魔化すように応える。
「えーっと...それはね...ほらあれよ、あれ。えーっと...どこだっけかな...最近行ってないから名前ど忘れしちゃった...えーっと...」
そこへ真姫が助け舟を出すように言う。
「あっ、もしかしてキキララじゃない?ハワイ島の南西にあるキキララ島は別荘も多いし、日本人も多いから」
ハワイにそんな場所はない。
真姫はにこをイジるのが大好きなのだ。
ニヤニヤした笑みを浮かべる真姫の罠である。
にこもにこで、何も知らないので、簡単に真姫の思惑に掛かってしまうのであった。
「あっ、そうよ。たしかキキララだったわね。さすがは真姫ね」
にこと真姫のそばに座っていることりと花陽は笑いを堪えるのに必死だった。
そして真姫は嘲るようにツッコミを入れる。
「キキララってどこよ。ハワイにそんな場所ないわよ。」
その瞬間、ことりと花陽は声を上げて大笑いする。
「キキララ...キキララって何、にこちゃん...ハハハハハ...」 腹を抱えるようにして笑う花陽。
その隣でことりも同様に大笑いである。
「キキララって、そんなサンリオのキャラクターじゃないんだからアハハハ...」
そんな2人の反応を見てにこは気づく。
「まっ...真姫...あんた謀ったわね!キィィィー!」 奇声を上げるにこ。
後輩にバカにされ怒りが沸騰する。
だが偉大なる矢澤にこはこの程度ではめげない。
冷静さを余所合って言い放つ。
「ふっ、ふん...冗談に決まってるじゃない...あんた達のノリに付き合ってあげただけよ。実はハワイの別荘はもうてばなしちゃったのよね。まぁでも国内にウォーターフロントの別荘があるからね」
「そうね、じゃあ次合宿やる時はにこちゃん家のウォーターフロントっていう別荘でやりましょ」
強気のにこだったが真姫の振りに再びドキッとする。
「あっ、でもうちの別荘遠いのよね...電車と飛行機と船とバスとタクシー使わないといけない場所だから...いつか機会があったら招待してあげるわね...」
ありとあらゆる交通手段を使わないと行けない場所は、もはや別荘ではなく、秘境だろうと思うが、あえて誰一人ツッコまなかった。
「はいはい、よろしくねにこちゃん」 真姫に完敗のにこであった。
どうしてこうも他の人と張り合ってしまう性格なのだろうと自問するにこ。
後に、この時、にこの頭の中ではBGMでドナドナが流れていたと語っている。
続く