音乃木坂図書室 司書
その日の夜の事。
4人は穂乃果の家にいた。
音乃木坂でライブを披露した後、みんなでお昼ご飯を食べに行き、2年生の3人とは別れて、夜にはアキバの懐かしい場所を巡ったりしていた。
そして夕方になり、穂乃果が恵海に夜はどうするのか尋ねたところ、京都から東京へやってきたはいいものの、ほとんど勢いだけで来てしまったらしく、当然宿泊先も何も考えずに今に至ると言うことだった。
考えるより先に行動に移してしまうあたり、穂乃果によく似ている恵海である。
と言うわけで、穂乃果の家に泊まることになった恵海。
こうして4人で一緒にいると、10年以上前のあの日々に戻ったように感じる4人だった。
夜には会えなかった5年の空白を埋めるようにずっと話し続けていた。
北海道で過ごした中学生時代、九州での高校時代、そして今現在…多くの場所で過ごしてきた恵海はやはり他の3人が持っていないものを持っていた。
1カ所にあまり長くいた事は無いけれど、その分各地で仲良くなれた人もいるから、それが私の唯一の宝物かな、と語る恵海だった。
「その中でも、たった数ヶ月だけだったけど、この街で穂乃果ちゃん達と過ごした日々は私にとって一生の思い出だよ」と恵海は言った。
それはもちろん穂乃果たちにとっても同じである。
付き合いが長ければ仲良くなると言うのは普通だろう。
だが、たとえ短かったとしても、その中身の濃さによっては数ヶ月だろうが、1年だろうが10年だろうが変わらずに大切な存在になるのだ。
実際μ‘sの9人を見ていればよくわかる。
彼女たちも付き合いは一年半位にもかかわらず、ずっと昔から、もう何年も前から時間を共有してきたかのように仲が良いのだ。
恵海は話をしながら思っていた。
開発が進み、今では大勢の人が訪れるアキバの街で、少し奥に入ると、昔から変わらない、タイムスリップしたかのような町並みが残るアキバ。
新しい街と古い街が融合したかのようなこの街が私は大好きだから、いつか必ずこの街に戻ってきたい…と。
そして自然と話はμ‘sの話題となっていた。
恵海はもともとスクールアイドルには興味がなかったそうだ。
しかし、自分の通う高校で、スクールアイドルとして活動していた友人に、人気のあるスクールアイドルの動画を半ば強制的に見せられた。
それがμ‘sだった。
μ‘sの動画を見て、恵海は腰を抜かしそうな位驚いたらしい
そこに穂乃果、海未、ことりの姿があったからだ。
自分の知る3人よりずいぶん大きくなっていたけど、それは紛れもないかわいい3人の姿だったから…そして気付けばμ‘sが大好きになり、ずっとμ‘sの3人のことを応援していたのである
この日、穂乃果の家では4人の楽しそうな声が、夜遅くまでずっと続いていた。
それから2日後… 8月の最終日。
京都に戻る恵海を見送るために、穂乃果子海ことりは東京駅へ来ていた。
新幹線のホームで別れを惜しむように、それぞれ手を握り、ハグを交わす。
だが、子供の頃とは違い、4人とも笑顔であった。
「えみちゃん会えて嬉しかったよ。来てくれてありがとう。またいつでも来てね。私ももう少し大人になったらえみちゃんのところに会いに行くね」
「ありがとう。穂乃果ちゃん。それに海未ちゃんもことりちゃんも… 3人に会えてよかった。また来るよ。いつでも連絡してね」
次に会えるのはいつになるかわからない。だけど、今の時代、電話やメール、テレビ通話があったりと会えなくてもいくらでもやりとりができる。
寂しいって気持ちはあるかもしれない。だけど、傍にいなくてもつながっていることができるのだ。
そんな時代である。
出発した新幹線にいつまでも手を振る穂乃果であった。
「また会おうね、お姉ちゃん!」
帰り道、穂乃果は空を見上げた。
10年前のあの日と同じ、8月の澄み切った青い空に夏の匂いを感じる今日、笑顔で空に手をかざした。
そして海未とことりとともに笑顔を浮かべた。
こうして3年生3人、高校最後の夏休みは終わった。
翌日… 9月1日、新学期。
音乃木坂は全校集会と各クラスでのホームルームのみで、午前中にはすでにこの日は終了していた。
スクールアイドル部部室にはいつもの6人が集合している。
「あぁ…今日からまたこの暑さの中での練習には…」
ぼやくように凜が言った。
花陽も言う。
「そうだね、毎日朝早くきて大変だったけど、海未ちゃんの家での練習はよかったよね」
「ね。毎日おいしい朝ご飯付きで最高だったもんね。!」
穂乃果が言った。
穂乃果にとってはそこが一番重要だったらしい。
「穂乃果と花陽の食欲が凄すぎて、花母上もおばあさまも毎日張り切って、朝食用意してましたから、ねぇ」、
苦恵海いしつつ海未が言った。
そこへことりが気を引き締めるように言う。
「とにかくさぁ、今日から新学期だし、また頑張ろうね」
「そうよ。すぐにまたラブライブの予選も始まるし、油断してられないわよ。絶対μ‘sicforeverでラブライブ優勝するんだからね。!」
真姫がみんなの気持ちを1つにするかのように言った。
そして全員が“うん、“とうなずく。
きっと彼女たちなら必ずやり遂げてくれるだろう。
多くの人の思いが、そして恵海の思いがμ‘sicforeverを支えているのだから…夏休みを終え、2学期を新しい日々を迎えた6人であった。
話はそれから数年後の事…
京都の大学を卒業した恵海は東京にいた。
大学在学中、20歳にして作家デビューした恵海。
新人としては異例の大ヒットとなったデビュー作を始め、多くの賞を受賞するほどの人気作家となった恵海は、音の木恵海と言うペンネームで作家として活動していた。
「先生、もう時間がないですよ。急いで下さい。!」
アシスタントが彼女を呼んでいる。
今日はアキバの書店にて彼女のトーク&サイン会が予定されていた。
“ほのかな風に吹かれて 本屋大賞受賞記念サイン会“
再開には多くの人が詰めかけていた。
「皆さんこんにちは。今日はお集まり下さいまして、ありがとうございます。
こうして地元のアキバで再会ができることを嬉しく思います」
恵海はアキバを地元と呼んだ。
日本の各地に住んでいた恵海にとってこの街は地元と呼べるほど、大雪で思い入れのある場所なのだ。
「この本は私の子供の頃をテーマに書いたんです」
本の最後には“大切な友人に捧ぐ“と書かれている。
もちろん誰かは言わずもがなであろう。
“ただいま、帰ってきたよ…“心の中で、そうつぶやいた恵海であった。