音乃木坂図書室 司書
時は音ノ木坂学院入学式より数日遡る。
東京、有楽町。駅より徒歩数分の場所にあるインターナショナルホール。
普段ここではライブが行われたり、講演会が行われたりと、多用途に渡り使用されているホールである。
前日も海外からの管楽器オーケストラによるコンサートが行われるなど、多くの人に馴染みのある場所である。
本日、ここ東京インターナショナルホール では、とある大学の入学式が予定されていた。
東京駿河台女子大学、通称駿女と呼ばれる大学で、都内でも有数の大学であり、秋葉から電車で一駅、徒歩でも20分程度で行ける場所にある女子大の入学式であった。
駿女に入学した二人の女の子が駅から降りてきて、周囲をキョロキョロと見回していた。
「ね、東京 インターナショナルホール ってどっちだっけ?」
そう尋ねたのは絢瀬絵里である。
音乃木坂で生徒会長を務めていた絵里は成績優秀であった。
中学の途中まではロシアにて生活していた絵里は、ロシア語日本語はもちろんのこと、英語も堪能であり、才色兼備とはまさに絵里のことである。
当然のように駿女の外国語学部を受験して難なく合格したのであった。
「うちも有楽町来たの初めてなんやけど、多分あっちじゃない?みんな向こうに歩いとるし」 そう返事をしたのは東條希である。
もとμ'sのメンバーであり、音乃木坂の卒業生で生徒会副会長を務めていた。
μ'sを名付けたのは希であり、メンバーからもう頼れるお姉ちゃん的存在として慕われている。
音乃木坂では常に1番の成績であり、英語フランス語に堪能で、駿女に首席として入学したのである。
抜群のスタイルを誇り不思議な包容力が魅力の希。
常にタロットカードを持ち歩くほどカード占いが得意であり、必殺技のわしわしMAX ではμ'sの多くのメンバーが餌食となっていた。
絵里と希は同じ大学へと進学したのである。
人の流れに任せるように二人は歩いて行く。
二人とも今日は着物姿で普段よりもさらに大人っぽく、そしていつも以上に美しく見える。
ただでさえ、スタイルもルックスも良い二人が着物で並んで歩いている姿に周囲からかなり注目されていた。
周囲はかなりざわついている。 美女2人に多くの人がすれ違いざまに振り返っていた。
それほど美しい二人である。
そしてそれ以上に二人は有名すぎたのだ。
元μ'sのメンバーとして全国的に有名になり人気になった二人は、同世代なら知らない人はいないと言っても過言ではないのだ。
ラブライブでの活躍、ニューヨークでの PR ライブを通して、その人気は不動のものになっていたのだ。
とりあえずなんとなく周囲について行った二人は目的地、東京インターナショナルホールへと到着した。
「すごい人の数ね...何人ぐらいいるんだろう?」
「今年は、1000人はいるらしいわよ。えりち迷子にならんよう...うちのそばから離れんようにね」
「迷子になんてならないわよ、子供じゃあるまいし」
「とか言って、知らない場所に行くと、いつも迷子になるのはどこの絢瀬さんだっけん?」
「知らないわよ...どこの絢瀬さんよ...ほら、もう行くよ!」
茶化すように言った希の手をとり、絵里は入場口へ向かおうとする。
しかし気づくと二人は多くの人に囲まれてしまっていた。
身動きができないくらい二人の周囲は人であふれかえっている。
人気絶頂のμ'sの絵里と希にサインや写真撮影をせがむ多くの人たち。二
人はお互いの顔を見合わせて呟いた。 「なぁあえりち...うちらってもしかしてめっちゃ有名人...?」
「そうみたいね。困ったわね、どうしよう希...」
周囲にはもちろん男性もいるが、ここは女子大の入学式会場であり、大多数が女性であった。
このふたりは同性からの人気が凄かったのだ。
それもそうだ、この二人はスタイルルックス共に飛び抜けており、かつμ'sとして人気を博していた。
同世代の女性からすると、憧れの存在であったとしてもおかしくない。
だが、二人はプロのアイドルでも何でもない。
スクールアイドルとして絶大な人気を誇っていたが、あくまでも高校におけるアイドル活動である。
素人というわけではないにせよ、アマチュアの域を出ないのだ。
ラブライブ優勝を遂げたこの二人は、本人たちが思っている以上に有名で人気があったのである。
それに加え、この二人の美貌も相まってであろう、μ'sを知らないような人たちまで人混みの輪に混ざっていたのであった。
それでも嫌な顔をすることなく、サインや写真に応じる二人であったが、さすがにこの数を捌くのはしんどかったのだろう。
人混みがやや少なくなったのを見計らい、そそくさとその場を逃げるように離れて建物の隅へと隠れる。
ややため息混じりに絵里は言う。
「はぁ...助けて希...」
「それはうちのセリフやって...やばいね...」
「何もしてないのにすごい疲れちゃったんだけど...サングラスとマスク持ってくれば良かったな...」
「着物でサングラスとマスクって、それただの怪しい人やんかえりち」
「確かにそうね。それは置いておいて、少しここでやり過ごしましょう」
「そうやね。でもこれ、にこっちだったらきっと楽しんで、積極的にわいわいとみんなで盛り上がっちゃうんやろうね」
「ちょっとやめてよ希、想像しちゃったじゃないの。今私の頭の中でにこが、100人ぐらい引き連れて、にこにーポーズしてたわよ...」
「ははは、さすがにこっちやね。うちもにこっちのパワーが欲しいよ」
自分を話題にされているとは露知らず、にこはその頃、音乃木坂で後輩の指導という名目で、今日も楽しく遊んでいた。
まだ入学式前だというのに、すでにお疲れモードの絵里と希であった。
「しかもうち、今日新入生代表の挨拶もあるんやで...」
「今日は大変な一日ね、頑張ってね希」
希は今日の入学式において新入生代表として挨拶をすることになっていた。
首席での入学という理由もあるのだが、何よりも元μ'sのメンバーという知名度の高さもあり、希に白羽の矢が立ったのである。
嫌であれば断ることもできたのだが、そこは希の性格もあり点二つ返事で承諾をしていたのであったが...今日こうして入学式へとやってきて、想像以上の自分たちの人気に対し、戸惑いを感じていた。
言葉通り、既に疲れを感じていた絵里と希共々、やれやれといった表情である。
ただし決して人気があることが嫌なわけではなかった。
むしろ自分たちがμ'sとして転スクールアイドルとして活動してきたことを、多くの人が受け入れてくれてて嬉しい気持ちの方が強い。
新しい今日ただ彼女たちはつい少し前までは普通の高校生であった。
μ'sとして人気が出始めたのも昨年の夏頃からである。
要するに二人は慣れていないのだ。
周囲に触られたり、囲まれたりすることに対して、どう対応すべきかもよく分からないのである。
求められると全てに応じてしまうため、必然的に時間も体力も気力も消耗してしまっているのが今の現状であった。
しばらくのことで身を潜めていた二人、多くの人は入学式の会場入りを済ませたのであろう。
周囲の人はまばらとなっていた。
まるで逃げるかのように隠れていた絵里と希は周囲を気にしながら忍び足で再び動き出した。
続く