音乃木坂図書室 司書
美味しそうな香りが別荘内に漂っている。
思わず皆が喜びの表情を見せていた。
中でも穂乃果と花陽のテンションは異次元である。
合宿前の打ち合わせの際に少し太ったことを指摘されたのが遠い過去の事であるように目を輝かせている。
「何これ、凄いっ!全部食べていいの!?」
シェフによるディナーはブッフェ形式で用意されており、そのメニューはデザートを含め20品近くにもなっていた。
それをすべて食べていいのかと尋ねるあたりが、穂乃果の食欲の凄さを物語っていた。
心の中ではダイエットという想いもめぐる穂乃果であるが、目の前に広がる豪華な夕飯の数々に我慢するのは不可能だった。
そこへ割って入るように花陽がシェフに尋ねる。
「は、白米はあるのでしょうか...?」
「はい、もちろんご用意できてますよ」 と言ってシェフは笑顔で炊飯器を手にし、そのまま花陽に手渡した。
その瞬間、まるでプレゼントを貰ったかのように花陽の顔が喜びで満たされ、花陽はがきしめるように炊飯器を抱えていた。
「ありがとうございますぅー、白米白米ルンルンルン」
完全に白米モードは入った花陽は、更にどこ産のお米か、お米に対しての水の割合等々、細かい質問を延々と続けていた。
その隣ではことりが喜びの声を上げている。
「はぁぁー、チーズケーキがあるぅぅ、しかもホールで...幸せぇぇ」
チーズケーキの皿を抱えて、誰にも渡さないと言わんばかりのことりは天使のような笑みを浮かべている。
そこにシェフが言う。 「ことりさんはチーズケーキが大好物と真姫お嬢様から窺っておりましたのでご用意させていただきました」
すると、ことりの横で話を聞いていたにこが笑い声をあげる。
「真姫お嬢様だって...プププッ...お嬢様って...ププッ」
「何よにこちゃん、何がおかしいのよ」
真姫には何故にこが笑っているのか理解できなかった。
普段身内からは”真姫ちゃん”とよばれ、使用人やシェフからは”真姫お嬢様”とよばれており、それが当然なので、にこが笑う意味が本当にわからない真姫だった。
「何でもないわよ真姫お嬢様。気にしないでお嬢様。プププッ...」
「もう何よ、イミワカンナイ!」
とにかく、こうして9人は豪華で楽しい夕食のひと時を過ごしたのである。
穂乃果はお皿からこぼれそうなぐらいの量を盛り、何度もおかわりをし、花陽は一人で炊飯器を独占するかのように白米に食らいつき、ことりもチーズケーキをホールのまま一人で頬張っていた。
たくさんあった料理の数々も9人によってほぼ平らげられており、さすがこれには料理を用意したシェフも驚いていた。
だが、ハードなトレーニングをした彼女たちである。
体力をつけるという意味でも食べる事は重要なトレーニングの一貫なのだ。
もちろん食べすぎは良くないが...そしてやはり、食後には見慣れた光景が広がっていた。
「だぁぁー、食べ過ぎた...く、苦しい、うぅぅ...」 そう言ってソファで転がる穂乃果。
もはや食後のセオリーである。 すぐさま海未が注意する。
「食べてすぐ寝たら牛になるっていつも言ってるじゃないですか!何回言えばわかるのです?また太りますよ穂乃果!」
穂乃果と海未のこのやり取りは毎度おなじみである。
「もー、海未ちゃんってば、家のお母さんにたいな事言わないでよー。だって御飯美味しすぎるんだもん。シェフの作ってくれた料理だよ。高級レストランで食べてるようなものでしょ。のこしたらもったいないじゃん」
「それは確かにそうですが...だからと言って穂乃果、あなたはいつも食べ過ぎですよ!この前の打ち合わせの時に言ったことをもう忘れたのですか!?」
「いや...覚えているけど...こういう時ぐらい多めに見てよ!」
「全く...太っても知りませんからね!」 そんな2人の口論を聞いたにこがボソッと呟く。
「ブタと鬼がケンカしてるわね」 その言葉に2人はすぐ反応する。
「ブタはひどいよにこちゃん!」
「誰が鬼ですか、にこっ!」 それを見てにこは大笑いだ。
「ギャハハハ...そのまんまじゃないのよ、ギャハハハ...」
一方で花陽はというと、穂乃果同様、ソファに転がっていた。
「ご飯美味しすぎです。ゲップ、白米たくさん食べられてしあわせですぅーゲップ...」
気のせいか花陽のお腹がぽっこりしている気がする。
花陽のお腹を見つめて、見かねたかのように真姫が尋ねる。
「ねぇ花陽...あなた炊飯器抱えてご飯食べてたけど、どれだけ白米食べたの...?」
花陽は寝転がりながら考えるように答える。
「えーっと...4...いや5合ぐらい...かな。よくわかんないけど、白米は別腹なので大丈夫でふっ...ゲップ...苦しい...」
大丈夫と言いながら苦しいという花陽。
矛盾だらけの言葉に不安を覚える真姫。
いや真姫だけではない。
他のメンバーもこの2人は大丈夫なのだろうかと心配になっていた。
何せ以前、この2人は太ったために、特別ダイエットメニューに取り組んだくらいなのである。
しかもあろう事か、特別メニューのランニング中に、毎日こっそりと定食屋に通うという暴挙を行っていた2人なのだ。
その後も事あるたびに2人の食欲が暴発する事が多々あり、結局、あの頃から何一つ変わる事無く今に至るのだ。
他のメンバーの心配はつきないであろう。
仮にもアイドル、しかも超人気のμ'sなのだから。
「2人はダイエット確定です!μ'sスタート時の衣装が着れなくなったらクビですからね!食べるのは構いませんがそれぐらいの覚悟は持ってください。という事で、皆さんそろそろいいですか?」
海未はそう言うと、皆に集まるように促した。
リビングのソファへと皆が集まり海未が口を開く。
「今回の合宿における練習メニューを考えてきました。」
海未はノートを開き、皆に練習メニューを発表する。
そこには鬼軍曹たるゆえんがわかるようなハードメニューが書かれていた。
「えっ...この朝練のマスク着用山道マラソン10㎞って何...?」
穂乃果が恐る恐る海未に問う。
「はい、これは低酸素状態で走ることにより心配機能向上を目的としたマラソンです。よく一流アスリートが高地でトレーニングをするのと同様の効果が期待できます」
私たちはスクールアイドルであった、一流アスリートじゃないけれど...と思う人は多数いたが誰も口に出しては言えないかった。
海未は喜々とした表情でメニューの説明を続ける。
「午前中の砂浜トレーニングは足腰を鍛えるため、ダッシュやスクワット、筋トレを行います。
砂浜でやる事により足の親指を鍛える事ができるのです。
足の親指はアスリートにとってとても需要であり、瞬発力や跳躍力の源となるのです。」
先ほどから海未の口からは頻繁にアスリートという単語が出てくるのが気になるメンバーであったが、さすがに誰も口にしない。
だが厳しいメニューであるが、非常に考えられたメニューだろう。
さすがはこの1年、μ'sの練習メニューを担当してきただけの事はある。
「午後は振り付けや歌、全体の練習を行います。
合宿の後半はBiBiの仕上げもあるかと思いますので、そのあたりは臨機応変に対応していこうかと思います。
「基礎練習が多いにゃー」 凛が言った。 更に絵里も続く。
「そうね。でも確かに最近不足してたらから調度良いかも。さすが海未ね。ハードだけどやりがいのあるメニューだね。」
「ありがとうございます絵里。皆で精進して、一流のアスリートをめざしましょう!」
再度言うが彼女たちはアイドルであり、決してアスリートではない。
だがやはり、それを口にする勇気のある物は誰一人としていなかった。
続く