音乃木坂図書室 司書
【index1カード中用588】 EP-022 夏の景色を探して⑩(180)
7月。
東京は梅雨が明けて夏真っ盛りの頃。
アキバでは毎年恒例のアキバ・ダンスフェスティバルが開催された。
駅前の広いスペースに、特設ステージを儲けて行われる大会は2日間に分けて、成人の部と青年の部で実施される。
私たちは中学生なので、もちろん青年の部で出場。
この大会はダンスを楽しむ、そして普及を目的としたもので、勝敗を競うものではない。
それでも最優秀賞1組、優秀賞2組と、入賞チームには表彰と賞品も用意されているので、参加者はそれなりに本気で、決してレベルも低いものではない。
それに私は、統堂さんに優勝すると高らかに宣言してしまった以上、最優秀賞以外は考えていなかった。
大会は次々と進んでいった。
持ち時間は1組5分。
参加50チームの中、私たちは中盤35組目の出演だった。
出番は刻一刻と迫る中、私たち3人は最後の確認をしていた。
「おい、動きが硬いぞ。緊張してるのか?」
突然統堂さんが私に言ってきた。
緊張...分らない...確かにこれから人前で踊るとなるとドキドキする。
でも楽しみでもある…
私にとってダンス大会は、初めての経験...
今までピアノやヴァイオリンの発表会の経験はあるけれど、あれとはまた全然違った感じで...
私が返事に困っていたら、彼女はさらに言ってきた。
「ほら、水分をちゃんと取れ。本番前のアップは重要だが、体を動かしすぎるのもよくない。
汗をしっかり拭け。体を冷やすなよ」
さすがに私も少し関心した。
小さい頃からダンスをやっていて、多くの大会に出てきただけあるなって思った。
そしていよいよ私たちが呼ばれた。
”続いてエントリー№35、サンライズの皆さんです”アナウンスがあり、ステージへと向かった。
その途中、統堂さんが私とあんじゅへ声をかけた。
「おい、楽しんでいこうぜ」
ぶっきらぼうな言い方だけど、逆にそれが私にはよかったのかもしれない。
「何よ偉そうに。リーダーは私よ。当然でしょ、目指すのは一番なんだから、私についてきなさい!」
「ふっ、お前は面白い奴だな。」
彼女はそう言って笑顔を見せた。
私もそれに答えるように笑顔で返した。
あんじゅはずっと楽しそうに笑顔だった。そしていよいよ私たちのパフォーマンスを見せるとき。
ステージからはたくさんのお客さん(と言っても100人くらい)の声と照りつける夏の日差しがより一層眩しかった。
私たちは音楽と共にダンスを踊った。
毎日練習してきた成果だと思う。
自分でも納得のできるパフォーマンスができたと思う。
それに何より、私たちを見てくれている人の楽しそうな顔と、そして最後に注がれた歓声と拍手...
全てが最高で本当に楽しくてうれしかった。
ダンスって最高だなって私は思った。
だからこそ改めて、絶対にプロのアイドルになってやるって稀有いをしたんだ。
こうしてダンス大会は終了した。
結果は最優秀賞には届かなかったものの、優秀賞を獲得した。
自分の望んだ結果ではなかったけど、私はとても充実した気分だった。
人前で踊るのがこんなにも楽しいなんて...
だけど私は統堂さんに優勝するって言い切っていたし、それに調子に乗って優勝したらメンバーにしてあげるなんて偉そうな事を言ってしまっていた手前、彼女の顔をちゃんと見ることができなかった。
そんな私に対し、彼女の方から話かけてきた。
「どうだ、踊るのは楽しいだろう?」
「うん、楽しかった」
私はその問いに間髪を入れず即答していた。
だってそれはウソ偽りのない素直な気持ちだったから…
「残念だったな。お前の目指していた最優秀賞に届かなくて。だが、とてもいい踊りだったぞ」
「うん、ありがとう...えっと...統堂さん...」
「ん?何だ?」
私は言おうとした。
優勝できなかったけど、サンライズのメンバーとして一緒にアイドル活動をしようと...
アイドルに興味はないって言ったけど、ダンスにしろアイドルにしろ、お客さんを楽しませるって言う事に関しては同じだし、私たちには統堂さんのダンスが必要だと思ったから…
でも言葉に詰まってしまう…あぁ、何でこういう時に限って私ははっきりと言えないんだろう...
これは直さないとだめだな...と思っていたところに、あんじゅが私の思いを代弁するように言ってくれたんだ。
「ねぇ、統堂さんも私たちと一緒にアイドルやろうよ!」
「アイドル...本気か?お前は本気で私に言っているのか?」
「うん、本気だよ。私たちはプロのアイドルになるんだもん。ねっ、ツバサ!」
「えっ...うん...そう…そうだよ、私たちはプロのアイドルになる!」
すると、少し間をおいて彼女は言った。
「アイドルか...それもいいかもな... よし、分かった。いいだろう、一緒にアイドルやってやる。だが私はダンスに関しては一切妥協しないからな。厳しいのは覚悟しろよ。それと、絶対にプロになるって言うのを忘れるんじゃないぞ!」
予想外の返事だった。
断られると思ってたから、統堂さんがアイドルをやると言ってくれたのが、私はうれしくて思わず言い返していた。
「望むところよ!絶対3人でプロ担ってやるんだから!それとリーダーはわたしだからね!」
そういうと彼女は声を出して笑った。
可愛い顔だから、笑顔だとよりその可愛さがわかる。
そして...「よろしく頼むぞ。ツバサ、あんじゅ」
初めてだった。彼女が私たちを名前で呼んだのは、今まではずっとお前呼ばわりだったから...
この時、私達はようやく彼女と距離が少し小さくなったと言う事がうれしく思ったんだ。
だから私も彼女に言ったんだ。
もちろん名前で。
「うん、こちらこそよろしくね英玲奈。3人でプロのアイドルになろう!」
こうして私達は英玲奈をサンライズの正式なメンバーとして迎え入れて、3人でアイドルをやることになったんだ。
いつかプロのアイドルとして、多くの人の前でライブをして、たくさんの人と一緒に笑顔になれる日を夢見て...
目標は険しくて厳しい道のりかもしれない。
でもこの3人なら絶対にやれる。
私はそう信じて、頑張ろうと決心したんだ。
「ってわけ。これが私達A-RISEの結成秘話よ。あー懐かしいなぁー」
グミを食べながら、ツバサが言った。
「へぇー、そんな経緯だったんだ。でも聞いた限りだと、ツバサと英玲奈の相性は、最初はあまり良くなかったんだね」
絵里が言った。
ツバサが頷く。
「そうなのよ。最初は最悪だったの。ほんっと、いつもムカついていたから。でもその後はすぐ仲良くなったけどね。それにああ見えて、うちの英玲奈は可愛いところたくだんあるんだよ」
「なるほどなぁ。ひとつ気になったんだけど、ユニット名はサンライズだったんやろう。それがA-RISEになった理由は何?」
「それはね、何かにつけて私と英玲奈が反発しあう事が多くてね。それを見かねたあんじゅがSとNをとってA-RISEにしよって言ったの。SとN、磁石じゃないけど反発しないようにってね。
まぁ本来SとNはくっつくわけだけど...それはいいとして、そんな理由でA-RISEになったってわけよ。」
「でも、それやとSUN-RISEだから、U-RISEちゃうん?」
「そうなの!さすが希、鋭い指摘ね。何でA-RISEかというと、単純に私の勘違いでSUNをSANだと思ってたの。中学生らしい可愛い間違いでしょ。あんじゅと英玲奈にも、めっちゃツッコまれたもん。」
「なるほど、何ともツバサらしい間違いやね」
「でしょ、だけど結果としてA-RISEで良かったと思う。それも私達の良い思い出なんだ」
「そっかー、何かいい話聞いたね希!」
「そうやね。うちらもいろいろあったけど、A-RISEも大変だったみたいやね。」
「うん、でも私はあの2人とあの日からアイドルをやれて本当に良かったって思っているよ」
それはツバサの、隠すまでもない本音だろう。
A-RISEもμ'sも同様に、一人でもかけていたらきっと今はなかったのだ。
気づけば富良野へと到着した3人。A-RISEの秘話を教えてもらい、長い移動もあっという間であった。
そしてこの日は富良野~美瑛~旭川と、かなりの弾丸日程であったが、3日目の観光を楽しんだ3人であった。