音乃木坂図書室 司書
「どうやら嵐は去ったみたいね?」
「そうやね、今のうちに会場入りしちゃおうか」
絵里と希は東京 インターナショナルホール のホール A入場口へと向かう。(ホールは A から E まであり、 A が一番収容人数が多い)
入場口やや手前まで来て、二人はピタッと足を止める。
入場口すぐそばで、何やらまた違う人混みができているのに気付く。
取り囲む人からは大きな歓声が上がっている。
どうやら他にも有名な人がいるらしい。
先ほどまで自分たちも囲まれていたから、あの囲まれている人も大変だなあと思いつつも、そのおかげで自分たちが再び気づかれて囲まれることなく入場できそうだったので安堵の気持ちが一瞬二人を覆う。
だがすぐ様その気持ちは取り払われることになる。
人混みをそっと避けるように通り過ぎようとした絵里と希であったが、その瞬間、心を重ねたかのように囲まれていた人と目が合ってしまう。
それと同時に絵里と希と囲まれている人の三人は”あっ!”という声を上げていた。
ハッとして口元を押さえて何事も無かったのようにその場をやり過ごそうとする絵里と希であったが、時すでに遅しであった。
「綾瀬さんに東篠さんじゃないの!」
名前を呼ばれた瞬間、 二人はまた囲まれるのを覚悟する。
大きな声で二人の名を呼んだのは何とA-RISEの中心的存在であるツバサであった。
A-RISEは音ノ木坂学院と同じく秋葉にある、UTX 高校の元スクールアイドルである。
綺羅ツバサ、優木あんじゅ、統堂英玲奈による3人組ユニットで、絶大な人気を誇り今春よりプロアイドルとして活動しているのだ。
そのA-RISEのツバサが今、目の前で大勢の人に囲まれており自分たちに気づいて声をかけてきて...その後の展開は予想通りである。
ツバサと共に再び囲まれてしまう絵里と希であった。
「ハ、ハラショー...」「本日2度目やん...ダレカタスケテー...」
思わず花陽のセリフをパクる希であった。
だがそう言いつつもしっかりと周囲の期待に応える絵里と希であった。
それから約20分ようやくのこと、人混みから解放される3人。疲れた表情の二人とは対照的にツバサはハイテンションである。
「ちょっとちょっと!こんなところで何してるの!? ってゆうか着物でここにいるって事は...二人共もしかして駿女な訳!?
3日前に一緒にライブやったばかりだけど、二人とも今日は大人っぽくてめっちゃ綺麗じゃん!最初誰だかすぐに気づかなかったわよ。
まさかこんなところで二人に会うなんて思ってなかったよ。それにしてもやっと人混みから解放されたわね!」
つい三日前の事、3人はA-RISE、μ'sをはじめ多くのスクールアイドルが参加したライブ通称・サニソンライブを供に行ったばかりであり、特に久しぶりというわけでも全然ないのだが、ツバサのカラミっぷりに少々たじろぐ絵里と希。
「ツバサさんめっちゃ元気やね。うちらは今日囲まれたの、これで2回目でちょっと疲れちゃって...」
「それはしょうがないわね、だってμ'sの人気はすごいも。 ラブライブ優勝後からニューヨークでの PR ライブで、もう完全に超有名人って感じ!?
どこ行ってもμ's、μ'sで大変でしょ?でも実際μ'sはすごいよね、超大人気だし!私もμ's大好きだもん」
ツバサのしゃべりに圧倒される二人。
この人ってこんなに喋る人だったっけと思いながら絵里は言う。
「うんでもツバサさんの人気も相変わらず凄いですね」
そんな絵里に対し”まあ当然ね”と返事をするツバサだった。
それもそうだろう、A-RISEの人気はスクールアイドル時代から群を抜いており今はもうプロのアイドルなんだ。
当たり前のようにメディアに出演しており、現在のアイドル業界の中でも最も注目されている新人アイドルなのである。
そんなツバサである。絵里や希に比べてファンに囲まれたりするのは日常茶飯時であり、当然のように慣れている。
当然と言い切るツバサに対し絵里は、元スクールアイドルとしてまた同じ女性として敬愛の念を抱いていた。
そこにふと気づいたかのように希が問う。
「でもA-RISEはもうプロとして活動しとるやんか。今日ツバサさんがこの場所にいるって事はもしかして...」
「うんそうよ。私も駿女に入学したの。もちろんA-RISEはプロのアイドルとして活動しているわ。つまり、学業とアイドルの両立って訳。
やっぱり大学にも行きたかったし、一度しかない人生だから、やりたいことは全部やろうって思ったの。ってことで今日の入学式に来たら綾瀬さんと東篠さんがいて、びっくりしたよ!」
絵里と希が大学の同級生と知って嬉しそうに話すツバサ。
A-RISEは高校卒業と共にプロアイドルとしてデビューし、活動をスタートさせていた。
それと同時にA-RISEのメンバー3人は大学へ進学するという道を選択したのである。
そして偶然にも駿河台女子大学へと進学したツバサは絵里と希に再会し、同級生となったのであった。
「プロのアイドルと学業の両立は大変かもしれないけど、自分で決めた事だし、どっちも全力でやり遂げるわよ。
ほら私って欲張りだからね。最初はどっちか一つにしなさいって言われたけど、無理、嫌だって拒否したの。
駿女を選んで正解だったわね。こうして二人と同じ大学なんてすごい奇跡よね!」
アイドルと学業の両立...その言葉を聞いた瞬間、絵里と希の二人は心の奥にある何かを揺さぶられたような気持ちだった。
卒業後はプロとしての道を選択したA-RISE。
一方で、限られた時間の中で輝こうとしたスクールアイドルとして幕を閉じたμ's 。
それぞれの置かれた状況は違う。
A-RISEは全員が同学年なのに対し、μ'sは各学年生がいた。 人数も9人と多い。
必ずしもA-RISEとμ'sを同じようには考えられないが、同じスクールアイドルとして両者は別の道を選んだ。
その選択にどちらが正しくて間違いかなんてない。
μ'sは全員で何度も話し合い、皆が納得して終わりと決めたのである。
でも...絵里と希の二人の胸の内に湧き上がるこの想いは何なのであろうか...
ツバサを目の前にして湧き上がってくる感情... それはμ'sに対する思いなのだろう...
「そうそう、これからは同級生になるんだから、私のことはツバサって呼んでね。 私も二人のことは絵里、希って呼ぶわね。
あとタメ語でね。もお互い畏まった話し方はなしね。それよりさー、ちょっと聞いてよ!この前レコーディングでさ...」
そしてもう一つ。絵里と希はツバサがすごいおしゃべりだということを知る。
これまでお互いの付き合いといえば、スクールアイドルとしてのライブであったり、あくまで知り合い程度の枠を出なかったが、距離が近くなった途端に、こおもツバサのトークがとどまる事を知らないとは思いもしなかった二人であった。
この出会い、再会はお互いにとって思いもよらぬものだったのは間違いない。
μ'sとA-RISE。ラブライブ決勝大会を目指し、共に東京予選を競い合ったライバルだ。
否、μ'sにしたらそれこそ憧れに近かった存在である。
A-RISEに憧れて追いつき追い越そうと、A-RISEを目標にしていたμ's。
一方でμ'sという存在を認識し、いつしかライバルと認め、さらなる高みを目指していたA-RISE。
共にラブライブに多大な貢献を果たし、初代及び二代目のラブライブ優勝チームである。
そして同じアキバを地元にする彼女たち。
そのメンバー同士がこうして次の道で、今度はライバルとしてではなくて友人として出会う奇跡...なんという巡り合わせであろうか。
これもラブライブの力によるものであるのかもしれない。
こうして絵里、希、ツバサの3人の大学生活は始まろうとしていた。
続く