音乃木坂図書室 司書
縁側に座って穂乃果の言葉に耳を傾ける5人。
風鈴の音色が、夜の蒸し暑さを打ち消すように、心地よく響いている。
それは今から10年前の事だった。
穂乃果、海未、ことりの3人はずっとこの地域で育ってきた。
もちろん小学校も一緒であり、それより以前からの友達であった。
穂乃果とことりに関しては、物心ついたときには、もうお互いの存在があった位であり、3人は幼なじみである。
7歳の頃、それは小学校の2年生になったある日のことであった。
その日も学校が終わった後、穂乃果は仲良しの海未とことりの3人で、公園で遊んでいた。
おままごとをしたり、かくれんぼをしたり、虫を捕まえたりと、とにかく外で遊ぶのが大好きな穂乃果だった。
3人で遊んでいると、ふと気づくと、いつの間にかブランコに知らない女の子が座っていた。
年は穂乃果達と同じ位であろうか、目鼻立ちがしっかりしており、子供ながらに穂乃果はその子を見てかわいいなと思っていた。
しかし、その日は気になったものの、穂乃果も声をかけることもなく、しばらくすると、その女の子もいなくなっていた。
その翌日、再び公園へ行くと、昨日いた女の子が、1人でまたブランコに座っていた。
もともと人見知りをしない穂乃果は、すぐさまその女の子の元へ行き声をかけていた。
「こんにちは、あなたはどこからきたの?私は穂乃果って名前だよ。よかったら一緒に遊ぼう」
最初は少し戸惑った様子であったが、すぐに穂乃果の明るさもあって、その女の子は3人に混じって遊ぶようになっていた。
その子の名前は徳井恵海、穂乃果たちより1学年上の3年生であった。
どうやらつい最近、この近所に引っ越してきたらしく、家の近くにあったこの公園に来ていたのだそうだ。
この日も小学校への転入手続きを終えて、1人で公園に来ていたのだった。
穂乃果は幼少の頃から、不思議とすぐに周囲の人と仲良くなれる性格であった。
きっとそれは、穂乃果の持って生まれたものなのだろう。
転校生の恵海が馴染むまではあっという間だった。
家が近所と言うこともあり、学校までの通学班も一緒で、穂乃果、海未、ことりの中に恵海も毎日一緒にいるようになっていた。
1つ年上と言うこともあり、姉がいない穂乃果は恵海にとてもなつき、また一人っ子だった恵海も穂乃果のことを妹のように感じていて、仲良くなっていったのだった。
一緒に遊び、勉強を教えてもらったり、知らないことをたくさん教えてくれたりと、穂乃果にとって恵海は、仲良くなった友達と言う以上に、憧れのお姉ちゃんと言う存在であった。
当時の穂乃果にとって、恵海との出会いはとても大きいものだった。
そして穂乃果たちの中に恵海がいると言うことが、いつしか当たり前となっていた。
お互いの家を行き来し、一緒に学校に行き、いつも一緒にいる。
穂乃果、海未、ことり、恵海、4人でいつも一緒にいた。
楽しい日々だった。
そんな毎日がずっと続く、そう思っていた。
しかしそんな日々は長くは続かなかった。
ある日、突然に告げられた現実…それは子供にとってはとても残酷な現実だった。
恵海の父は仕事柄、転勤が多く、そのために転校も多かった。
前にいた場所も半年で引っ越していた。
1つの街に長くいられると言うことが恵海にはなかったのである。
アキバの街に来て、わずか4ヶ月…恵海は夏休みが終わる前に引っ越し、転校が決まっていたのだ。
子供ながらも穂乃果が必死に理解しようとした。
大好きなお姉ちゃんがいなくなってしまう…。
でもそれは、お父さんの仕事だからしょうがないと…
だからせめて一緒にいられる間は、今までと変わらずに笑顔でいようと、そして別れてしまう時も恵海のことを笑顔で見送ろうと
また、いつかこの街に戻ってきてくれることを願いながら…
穂乃果はそう思っていた。
子供ながら、別れと言うものをなんとなく受け入れて、それでもお互いが笑っていられるようにと…。
そして引っ越しも迫った8月のある日のこと。
この日穂乃果の家では、恵海のお別れ会が行われていた。
高坂家にことり、海未、そして海未の家族も参加しての、恵海を送るためのパーティーが開かれていた。
穂乃果たちはそれぞれ恵海に手紙とプレゼントを用意していた。
穂乃果の用意したものは、近所の夏祭りで、4人一緒に撮った写真を入れた写真立てだった。
笑顔で恵海は受け取ってくれる。
本当は明日もこれから先も、ずっと一緒なのではないかと思う位、明るい表情を見せる恵海に、穂乃果たち3人も笑顔だった。
だが恵海は、きっと我慢していたのだろう。
自分が悲しい顔をしていたら、穂乃果たちも悲しんでしまう。
それがわかってたから、せめて今だけは最後まで笑っていようと思っていたのだ。
だが、それは最後まで持たなかった。
その日の夜、穂乃果の家の裏庭で花火をして、最後にみんなでしゃがみながら線香花火をしていた時に、恵海は穂乃果にこう伝えたのである。
“今まで行ったところで、ここが1番楽しかった。穂乃果ちゃん達と会えてよかった。離れても友達でいてくれる…?“と…
もちろん3人は”うん”とうなずいた。
でもその言葉を聞いた瞬間、別れると言うことが、現実味を帯びたことで、3人は泣いてしまった。
3人とも子供ながら必死に我慢していたのだ。
しかし、いちど泣いてしまうと、もう止められなかった。
大好きなお姉ちゃんがいなくなってしまう…
その現実が悲しくて、寂しくて、3人は大泣きであった。
それを見ていた恵海も同様に涙を、堪えることができなかった…
そして翌日、お別れの日…恵海を見送りに来ていた穂乃果たち。
最後に別れの挨拶を交わし、車に乗って遠ざかっていく恵海。
穂乃果はずっと泣き叫んでいた。
“いやだ、行かないで“と、母の手を握りしめながらずっと…
わずか4ヶ月、でも当時の穂乃果にとってこの4ヶ月と言うのはとても大きなものであった。
初めて別れと言うものを経験した穂乃果たちであった。
今から10年も前の懐かしい話である。
縁側に並ぶようにして座っていた。
6人は最後まで穂乃果の言葉に耳を傾けていた。
そしてことりが言う。
「恵海ちゃん元気かなぁ。…」
「中学1年生の時に会って以来、会ってないですもんね。…」
海未が言った。
すると凛が真姫の異変に気づく。
「ねぇ…なんで真姫ちゃん泣いてるの?」、
みんなが真姫を見ると、大粒の涙を流している。
真姫は涙もろいのだ。
それがみんなにばれてしまってからは、泣くと言うことに躊躇がなくなっていた。
「うう…だってすごい泣ける話じゃない…ううぅ…」
「引っ越してからも、一年に1回遊びに来てくれてたんだ。でも最後にあった中一の後、北海道に引っ越して、その後は…元気かな恵海ちゃん」
穂乃果の言葉に、3年生3人はしんみりしてしまう。
そんな3人に対し花陽が言う。
「ネットで呼びかけてみたらどうかな??」
「えっ…ネットで!?」
穂乃果が反応した。
「うん。多分だけど、恵海さんもきっとμ‘sの存在っていうのは、知っていると思う。だから動画・PVを通してメッセージを送るの。SNSで直でってのもありだと思うけど、それだといたずらや悪用もされかねないから…だからμ‘sicforeverのPVでってのはどうかなぁ?」
「花陽、それナイスアイディアよ!やるわよ。穂乃果!」、
真姫が大きな声で言った。
戸惑い気味に穂乃果が言う。
「えっ、本当に…?」
「もちろんよ。だから、今日中に詞を書いてちょうだい!私が海外旅行に行く前のあと四日間でPVまで作ってアップするわよ!」
誰よりもやる気の真姫。それに背を押されるようにして5人も動き出す。
こうして急遽、昔の友人である恵海にメッセージを届けるため、曲作りが始まったのであった。