音乃木坂図書室 司書
そうこうしている間に、 2人は行きつけのカフェへと到着していた。
店頭には看板に手書きで The Forth Avenue Cafe と書かれている。
外観同様、おしゃれな店名でニューヨークの一角にありそうなカフェである。
お店の扉を開けると"カラン、コロン"という、どこか古めかしく懐かしい音が響き、店のマスターと思われる男性が渋い声で”いらっしゃいませ”と二人を出迎える。
店内はクラシックなテーブルやイスが並んでおり、落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、流れている音楽はヒップホップであった。
店の雰囲気からすると普通はジャズが流れるであろう。
だがこの店のマスターは音楽フリークである。
その日、その時の気分によって流れる音楽が変わるのだ。
国内外、ジャンルも問わず、ロック、ヒップホップからジャズ、クラシックさらにはアニソンやアイドルの曲が流れることもある、少々変わった店であった。
希はマスターと親しげに話をしている。
「マスター、今日はヒップホップなんやね。選曲最高やんか、 うちもこの曲めっちゃ好きやし、さすがマスターやね」
実は希もまた、かなりの音楽好きであり、特に洋楽には目がないのである。
幼少の頃に洋楽が好きになり、歌詞の意味を理解するために、英語を勉強していたら、いつのまにか英語がペラペラになっていた希である。
ちなみにフランス語については、フランスが好きで興味を持ったから独学で勉強していたら、日常会話には困ることがないぐらいに上達していたのだ。
つまり単純に希は頭が良いのである。
それはさて置き、このお店には絵里とともに高校1年生の頃から通っていて、マスターとも常連客として顔なじみで仲が良いのだった。
「さすが希よね、よく聴いただけで何の曲かすぐわかるわよね。
私は二人が何を話しているのか全く分からないよ」
「最近のおすすめを教えてもらったんよ。あ、マスター 、いつものやつでお願いします」
席についてしばらくするとマスターがお待たせと言ってパフェを持ってくる。
だがそれはメニューにない特別メニューであった。
多いときには週に2回も来ていた二人。
何かあると(別に何もなくても)二人で来るときはいつもこの店だった。
ここのカフェであれば、学校から近いとはいえ、十代の若者がくるような雰囲気ではないので、音乃木坂の生徒が来ることなどまずない。
周囲を気にせず二人だけの時間を育むことができたこの店は、2人にとって大切な場所なのである。
それがこの The Forth Avenue Cafe であった。
そして常連となり通い続けた結果、いつの日からか裏メニューとしてチョコパフェと希フルーツパフェたるものが誕生したのだ。
具材の多さとその量は通常メニューのものより3倍はあろうかというほど豪華なパフェであった。
「二人とも今日は入学式?着物似合ってるね。最近来てくれなかったから寂しかったよ。
でもそのぶんμ'sの活躍はすごいね。応援している僕も嬉しいよ」
マスターは親しげに2人に話しかける。 応援しているという言葉は2人にとってすごく嬉しいものだった。
しかし同時に申し訳ない気持ちになってしまう。 だってもうμ'sは終わったのだから…そう思いつつも二人はパフェを頬張り笑顔を見せる。
慣れ親しんだ味を口にすると人は安心するものである。
二人は久しぶりのパフェにご満悦であった。
そして食べ終えた頃に店内のBGM が変わった。
ヒップホップからアイドルの曲へとだ。
店の雰囲気には適わないが店内にはA-RISEの曲が流れる。
その曲はA-RISEのスクールアイドル時代の大人気曲で誰もが知っている曲であった。
そしてA-RISEの次に流れた曲、それは自分たちμ'sの曲、ユメノドビラであった。
この局はラブライブ東京予選の、最終予選へと勝ち進んだ曲で、2人にとっても想い出の多い曲である。
あの頃の事が2人の脳裏を過ぎる。
イントロが流れ、絵里と希は互いに顔を見つめ合っていた。
「あのなあえりち、うちなぁ、今日ツバサに再会して思ったことがあるんやけど聞いてくれる…?」
「何?希の話はいつでも聞くに決まってるでしょ」
少し間を置き、やや神妙な面持ちで希は喋り出す。
「ニューヨーク行った時、あの時点でμ'sはもう終わりって決めてたやんか。
でもな、たまたま真姫ちゃんが持っていたMusicBook見ちゃって...そこには、μ'sの新曲が作ってあったんだよね。
真姫ちゃんに訊いたら、自分の中での一つのケジメだからって言ってたんやけど、その後のスクールアイドルでライブした時も、その曲はμ'sだけの曲にしたいからって、サニソンを作ったんよね。
それでその後、真姫ちゃんはあの曲をどうするのかなと思って…」
真姫の作った曲が気になるのはもちろんの事、それは希のμ'sに対する想いだった。
皆で終わると決めた、でも希の中では今でもあの楽しかった日々、皆で共にした毎日が昨日のことのように鮮明でμ'sが終わったという現実が受け入れがたいのだった。
頭で理解しているけれど、心の奥底で終わりたくないと否定する自分がいるのだ。
それほど今でもμ'sのことを想っていて、ツバサに再会したことがきっかけで、その思いはより強くなったのである。
その思いは絵里も同様であった。
「私もね、実は同じような事を考えていたんだ…
ツバサにμ'sの事を色々と聞かれたり、大学に通いながらプロのアイドルとして活動するって聞いて、凄いなって思うのと同時に羨ましくも思ってしまった…
μ'sは終わりって決めたはずなのに…
今日ずっと、μ'sのことで頭がいっぱいだったの…」
μ'sの活動が終わってから、実際にはまだ数日しか経っていない。
たったの数日である。
だが、多くの人がμ'sが終わってしまったことを悲しく思い、復活を希む人が多くいる。
そして当の本人達もまた、その想いは強かった。
「絵里ち、うちなー…μ'sがやりたい…
もう一度あの9人で…まだ終わりにしたくないよ…」
希の思いに応えるように絵里も言う。
「うん、私もだよ…μ'sがやりたい、みんなでもう一度…」
絵里と希のμ'sに対する思いは変わらなかった。
はっきりと口に出してμ'sがやりたいと言った二人であった。
もう一度あの場所へあの場所に立ちたい…そう思う絵里と希であった。
こうして様々な思いが巡った大学の入学式も終えて、二人の新しい日々はスタートした。
9人全員で話し合い、全員が納得した上で、μ'sは終わりと決めた。
もうμ'sとしては活動しないって決めた。
9人で何回も泣いて、笑って、また泣いて…そしてようやく決めたこと。
でも…もうμ'sは終わりって決めたはずなのに… アニソンライブで皆の前で宣言もしたのに… 今日ツバサに再会したことにより、絵里と希の気持ちは大きく揺れ動いたのであった。
そして…このツバサとの再会がこの先を大きく変えることになるとは、絵里と希には知る由もなかった。
続く