音乃木坂図書室 司書
近年アキバの街は都市開発が進んでいる。
特に駅周辺はかなり整備が進み、高層ビルが立ち並び、駅ビルには多数の店舗が入っている。
かと思えば昔から営業しているガード下の専門店も健在であり、新旧が融合した独特の街並みを醸し出している。
夜ともなればきらびやかな音や照明に彩られ、昼間とはまた違う顔を見せている。
そして秋葉駅から直結の遊歩道で結ばれている秋葉ドーム。
その周辺は多数の飲食店が賑わいを見せている。
第3回ラブライブアキバドーム大会を終えて、駅までの道は大勢の人で溢れていた。
ライブの余韻に浸るかのように、多くの人がその興奮そのままに話に興じていた。
ゲスト出演したプロアイドル、A-RISEのライブについて、今大会に出場したスクールアイドルの総括と話題は尽きない。
その中でも今大会のライブを持って、活動を終えたμ'sの話題が多数を占めていた。
最後のライブで最高のパフォーマンスを披露し、誰もが満足のいくものであっただろう。
それとともに、これで最後となったμ'sを惜しむ声も相当になるだろう。
何しろ以前に活動を終了したときにμ'sロスになった人が多数いたくらいだ。
今回もかなりの人が、しばらく寂しい思いをしたとしても不思議ではない。
それだけμ'sがスクールアイドルとして、世の中に与えた影響と言うものはすごかったのである。
そしてライブ終了から数時間後…さすがに夜も遅く、駅へと直結の遊歩道も人はまばらとなっていた。
アキバドームからは歩いてくる9人の姿が見える。
そう、μ'sの9人である。
彼女たちはライブ終了後にラブライブ運営や関係者に挨拶をして回ったり、A-RISEの3人と話し込んだりしていたため、帰宅も一段と遅くなっていた。
時刻はもうまもなく23時になろうとしている。
さすがに昼間と違って9人で歩いていてもそこまで目立つ事は無い。
とは言え変装しているとしても地元であり彼女たちに気づく人が多かった。
第3回ラブliveアキバドーム大会、そしてμ'sのファイナルライブを終えて、意外にも9人の雰囲気は明るかった。
「とうとう終わっちゃったね。これでμ'sは終わりかー」
と言ったのは凛。
しかし言葉と口調は裏腹であり、残念というよりは楽しかったことを懐かしむような感じである。
「どうかしらねー、わからないわよー。実は!?とか再び!とかもう一度!とかあるかもしれないわよ」と言うのはにこだ。
それはにこの願望だったのかもしれない。
今はμ'sとしての活動を終えたばかりである。
だが、いつかまたこの先に、そういうことが絶対ないとは言い切れないし、にこ自身もまたいつの日か、そんな日が来たらいいなぁと言う思いだったのだろう。
それはにこに限らず他のメンバーにも少なからずあったかもしれない。
しかしそんな思いをあっさり砕くように真姫が言う。
「残念だけどそれはないわよ。もう私がμ'sの曲を作る事は無いから」
真姫の言葉もまた素直な気持ちなのだろう。
それだけ真姫はμ's最後の曲となった僕たちは1つの光に思いを込めていたのだ。
これで全てをやり切ったと、今は心からそう思う真姫だった。
「ちょっと真姫…そうだったとしてもさぁ…そんなあっさりと言わないでよ。そんな寂しいじゃないのよ」
これもにこの素直な気持ちであろう。
全力でやり切った。
でも…寂しいことには違いないのだ。
「でもさぁ、ここで私が将来に含みを持たせることを言うわけないじゃないの。にこちゃん、μ'sはみんなで全力でやり切ったの。だからこれで本当におしまい。女々しいこと言わないで」
にこと真姫の言い争いに発展しそうな展開であったが、珍しく先んじて希が2人の間に割って入った。
きっと2人の気持ちは希を始め、皆がわかるものだったのだろう。
「はいはい、ほんま仲がええなぁ、にこっちと真姫ちゃんは。2人の気持ちはどっちもわかるから、言い争うのはなしだよ」
希の言葉を聞いて、お互いに睨み合ってそっぽを向くにこと真姫。
希の言う通り仲がいいのはもちろんの事、互いに意見が合わなくて言い合ったり、喧嘩したりと本当にこの2人は、仲が良いのレベルを超えている気がすると思うのは希だけではなかった。
そこへ花陽が言う。
「今日はみんなライブ中にたくさん泣いちゃったね。これで最後って言う思いと、みんなで最後までやりきったって言う思いでね。
でもそのおかげで今はすごいスッキリしてるよ」
「うん、私も人生の半分ぐらい泣いちゃったかも」
「ことりちゃん、それは言い過ぎじゃない?人生の半分てどんだけ?」
花陽とことりの会話に皆が笑い声をあげる。
しかし、1人穂乃果だけはどこか心ここにあらずといった顔つきであった。
「μ'sは本当に楽しかったですね。
すごい長かったようであっという間でした。毎日みんなと過ごせてよかったです」と言うのは海未。
懐かしむように言った口調は少し哀愁を感じられるが、それ以上に充実感がわかるものだった。
「思い出がありすぎるよね。本当にどれもこれも一生忘れることのない大切な思い出だよ」
そういった絵里は穂乃果に視線を送る。
やはり穂乃果は何かを考え込むような顔で、1人だけ雰囲気が違う。
「穂乃果大丈夫?やっぱり元気ないねー」
穂乃果の状態が気になった絵里は心配して声をかけた。
「えっ…あー、ごめん…大丈夫だよ。私もみんなと一緒に最後までμ'sがやれてよかったよ」
とは言うものの絵里には穂乃果の気持ちが痛いほど伝わってきていた。
μ'sを始めたのは穂乃果なのだ。
1回終わりと決めた時も、2度やると決めた時も、誰よりも穂乃果は責任を感じていたし、それだけ悩みも多かったのだ。
実際にμ's復活については最初は反対の気持ちだった位で、また終わりを迎えるのはわかった上での復活に戸惑っていた。
そんな穂乃果の思いをさして、絵里は全然違う話題を振った。
「ねぇみんな、明日って空いてる?よかったらみんなで遊ばない?」
みんなが絵里の言葉に賛成の声を上げる。
しかし穂乃果からの返事はなかった。
「ねぇ穂乃果、空いてる…?明日みんなで遊びに行かない?みんなは大丈夫だから、後は穂乃果次第だけど」
すると我にかえったように穂乃果が言う。
「あ、ごめん…うん大丈夫だよ。そうだねじゃぁ朝8時に秋葉駅集合で良い?」
「8時ってずいぶん早いけどオーケーよ。それじゃあみんな、明日朝8時に駅集合ってことで!」
絵里が皆へ言った。
絵里を始め、何人かは気づいていた。
穂乃果が涙を堪えていることに。
泣かないように我慢していることに。
きっとこれ以上、今μ'sのことを話したら穂乃果は泣いてしまっていただろう…
絵里はそれに気づいて、話題を変えて、明日遊びに行こうと提案したのであった。
そして秋葉駅に着いた9人は、それぞれが家路についた。
やはり穂乃果の背中からは寂しさが漂っていた。
穂乃果にとってμ'sとは他の誰よりも大きなものだったのだ。
μ'sが終わってほんの数時間。
無理もない。
寄り添うように海未と共に家へ帰る穂乃果だった。
続く